ニートと警察官

□雀は甘く噛みついた
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情報屋駒鳥が弟子を取ったらしい。降谷の耳に入ってきたのは、そんな信じ難い情報であった。なぜなら1度降谷は駒鳥に弟子入りをしようと伺ったところ、「弟子をとる気は無い」と断わられたからである。そんな駒鳥が弟子をとったのだ。真偽の確認と、もしそれが事実なら一言文句を言わなければ気が済まない。

「まったく…どういう了見か、本人の口から聞かない限り納得できないな」

こうして、降谷の突撃駒鳥宅訪問が決行されたのである。


***


駒鳥は、杯戸町にある普通のアパートに一人暮らしだ。普段は居酒屋で働いており、誰も彼が駒鳥であることは知らない。というよりは、信じないと言った方が正しいだろう。情報屋駒鳥というのは、的確でいて無理難題を言おうとも迅速に情報を提示する信頼のおける情報屋である。一見さんはお断りが基本で、やり取りはすべてメールで行う。そのメールも、無駄な文章は一切無い冷たく無機質なものだ。しかし実際の駒鳥はというと、口がよく回るお喋り好きなただのおっさんである。何でもメールの文章を考えるのが苦手らしく、色々悩んで結局必要最低限の内容に毎度なってしまうとのことだ。だからこそ、駒鳥が駒鳥であることを誰も信じないのである。

「ここに来るのは1年ぶりか…」

新しすぎず、古すぎず。築10年目を迎えるアパートの2階、左端の205号室が駒鳥の部屋だ。仕事が仕事なため、駒鳥は昼は大体部屋にいる。突然の訪問にあの男は驚くだろうが、元来人懐っこい性格であるため話くらいは聞いてくれるだろう。現に1年前も、突然やってきた降谷を招き入れて茶を出してくれたのだ。

「駒鳥の弟子というのは、いったいどんなヤツなんだろうか…」

205号室の目の前に立ち、インターホンを押す前にふと思う。さすがに自分と同じ年頃の人間を弟子として迎え入れていたならば、降谷もさすがに凹んでしまう。これでも降谷は駒鳥を尊敬しているのだ。しかしいくら考えたところで、駒鳥が弟子をとったことには変わりない。踏ん切りがついた所でぐっとインターホンを人差し指で押し、ピンポン、と音が鳴る。すると扉の向こう側から人が動く気配がした。鍵を開ける音がして、扉が開く。そしてー…

「もー、駒鳥!おっそいよお!風邪ひいちゃうって!…あれ?誰?」

出てきたのは、白いTシャツを着て、下に何もはいてない女性だった。ピンクのレースの下着がちらりと見えて、思わず降谷は固まる。自然と、女性と視線が合った状態で玄関先で立ちつくす、という奇妙な状態になってしまった。いやまて落ち着け、降谷零。降谷は頭の中で己を叱咤した。部屋を間違えたか、いやこの女性は今「駒鳥」と言った。部屋を間違えた訳ではないらしい。もしや駒鳥の恋人では…と思ったその時。

「くぉら雀―――!!!おま、下履いてないくせに玄関に出るんじゃありません!」
「お帰り駒鳥。この人知り合い?」
「そうやって自分の都合の悪いことは無視して、…って降谷?降谷じゃねーか、1年ぶりか?」
「お、お久しぶりです…」

横から聞こえたきた声に顔を向ければ、無精髭を生やした一人の男。スーパーの袋を提げてやって来たのは、正真正銘の駒鳥だった。やっと目当ての人物に会えたことにホッとしたのか、降谷はやっと声を出せた。

「おう、悪いがとりあえず話は後だ。そこの痴女にズボン履かせなきゃなんねーから、とりあえず部屋入れ」
「は、はあ…。お邪魔します」
「駒鳥ー寒いー早くー」
「やかましい!お前は早く部屋に入れ!」

ぶー、と唇を尖らせる女性だが、大人しく踵を返して部屋へと戻る。そのときヒラリとTシャツがめくれたが、降谷は見なかったことにした。ピンクのレースだなんて、見ていないと己に言い聞かせた。

「ボウズ、適当に座ってろ。ほら雀、そこのスーパーでジャージ買ってきたから早く履け」
「やった!駒鳥、ありがとー!」

いそいそとジャージを履く雀、と呼ばれる女性。どうにも彼女が気になり、ちらちらと降谷は彼女に視線を送ってしまう。そんな降谷に気づいたのか、駒鳥は彼女を降谷に紹介した。

「降谷、こいつは雀。お前が気にしてる駒鳥の弟子っつーのはこいつだよ」
「え?」

いきなり核心をつかれ、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。そんな降谷に駒鳥は不思議そうに首を傾げる。

「なんだ?今日は俺が弟子取ったから文句言いに来たんじゃねえのか?」
「いやその通りですけど、よく分かりましたね」
「逆にそれ以外でお前が俺に会いに来る理由ないだろ」

それはそうだ、と降谷は納得したように頷いた。そして再び視線は件の弟子である雀へと向いた。初めは降谷と同じ年頃かと思われたが、どうにも言動が子供っぽすぎる。いったいどこでどのような流れで駒鳥の弟子となったのか。気になるところだ。


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