+++百鬼夜行二次

□僕の立場
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「この世の中があんな馬鹿ばかりなら世界は平和だッ。実に目出度い事ダ!。真にしぶとい狒々爺だ。さっさとキリギリスと心中でも何でもすれば良いのに!あんな狒々爺を頼る人間も馬鹿だ!沢山食わせたら良いだけの話では無いか!」


相変わらずの訳の分からなさに僕達は机の影に隠れて顔を見合わせ途方に暮れた。ひと時の静寂。風圧で飛び上がった書類があちこちでぱらぱらと着地の音を立てた。

不意に隠れていた机が壁に吸い寄せられる様に移動した。

熊に追い掛け回されて草陰に隠れて、不意に見つかった時の気分はこんなの感じだろうとぼんやり思った。机は壁との衝撃音を立てて止まり、開けた視界からは噂の麗人にして奇奇怪怪な探偵が仁王立ちで立っていた。

「ゴキブリが二匹雁首揃えてこの…」
蹴られてしまう!と身を縮めた瞬間彼は上げた足を止めた。

「良いのが居るじゃないか!その女の人!それだ!」

一瞬何の事か分からず、頭が真っ白になったが彼の特性を思い出して僕は彼の足を(念の為)捉えて地面に下ろすと立ち上がって彼に事の次第を説明した。

彼は、と言うと窓際にある彼自身の席にどっと座りまあ、案の定、聞いてるのか聞いてないのか分からぬ様子で机に足を上げたまま居眠りでもする様に目を閉じていた。

…寝ていたのかも知れない。



***



探偵は不意に立ち上がった。

「とりあえずその泣いてる人の所へ行く。行くぞカマゴキブリ!」
「ゴキッ!……いえあの…探すのはその人では無くてさっき言った通り最後の消息はですね…」
「余りにも泣きすぎだ。教えてやらないと恥をかく。」
「ええっ!?僕はまだ泣いてませんよ!」

訳が判らないが彼は道案内しろとばかりに僕の尻を蹴り歩を促し車へ乗せた。遠慮無く蹴飛ばしてくれるから尻がヒリヒリと痛んだ。

「余り蹴り飛ばすと尻が壊れてしまいますよぅ」
「お前の尻など三つにでも四つにでもすると良い!」
「そんなぁ〜…」

件の家は街の外れに在った。
家を拡張しているのか土壁は一部壊されて居たのがもうすっかり新調され、今回はキチンと玄関の戸を叩く事になった。

返事がして暫く待たされた後、戸は開かれた。件の友人は戸のすぐ側に立っていた我が探偵の顔を見るなり
まるで石像の様に固まってしまった。

「あの…」
僕が彼の脇からそっと顔を出すと「ああ!」と素っ頓狂な声を出し彼女は硬直から解けて、すぐさま怪訝な顔をした。

「あの…何かご用事でしょうか…?」
「用も無いのにこんな所に来る程暇では無いのです、お嬢さん。余り泣きすぎるとバレる。次から気をつけたほうが良い。後、改築は無駄になったが広いに越した事無い。あっちが悪いのだ。もらったお金は貰ったままで居なさい」

彼女は訳が分からずに僕の顔を見る――と思いきや青ざめた顔でわなわなとその唇を振るわせた。

「あと彼女の振りをして入れ替わっても突っ返される。そんな訳の分からぬ頼みなど断ってしまうと良い。僕は探偵だ。嘘はつかない。きっと突返されてしまうだろう。」

僕は探偵の脇から彼女の顔と頭上の彼の顔を見比べた。何の話か僕のはさっぱりだったが…

彼女は魂が抜かれた様になってすとん、と床に崩れ落ちた。そんな彼女の頭上を半目になって見るとうわ言の様にこっちじゃ無かったなぁ、と愚痴た後
「預かり物は返してしまいなさい。以上、分かったね!」

彼はそれだけ言うとさっさと踵を返して行ってしまった。

僕は茫然自失となった彼女が気にならない訳でもなかったが、探偵を野放しにしている方がよっぽど大事になりそうな気がしたので
後ろ髪を引かれる思いでその場を去った。

「待って!待って下さいよぅ」
「依頼人の家は何処だ」
「え?」
「実に不愉快だ。その依頼人に逢う」

また、尻を蹴られた。榎木津さんは僕の事を一体なんだと思ってるんだろうか。
よもや靴の底を拭く布か何かだと思ってはしないかと本気で疑ってしまう

ちらり、と彼を振り返ると半目になって僕を見ていた探偵は「靴の裏拭き太郎、さっさと案内しろ!」と言った。

僕の記憶に何かソレらしいモノでも見えたのだろうか…。
彼の頭の中は本当に分からない。

自分が何物の下に集ってるのか分からない何ておかしな話だと思う。
しかも今まで職が在ったにも関わらず、それらを投げ捨ててこの訳の分からない男に頼まれても無いのに弟子入りしたのだから…傍目には酔狂としか言い様が無いだろうな。

探偵に蹴られぬよう早足で件の依頼人宅へ着いたもののこれから探偵が何をやらかすか、と思うと玄関を叩く事が躊躇われた。

古めかしい門の前に立ち尽くす僕を気にもせず探偵はさっさとその扉を叩いた。

「何か御用ですか?」
この間、僕が訪ねてきた時には居なかった使用人らしき老婆が門を開けた。

「薔薇十字探偵社より参りました。榎木津礼二郎と申します」
「探偵…」

使用人は酷く訝しげな顔をして奥に引っ込むと慌てた様に中から玉砂利を蹴って駆けて来る足音が幾つか聞こえた。

僕は滅多に見られない探偵のまともな受け答えに驚き固まってしまっていた。

大きな門が慌しく開き、目でも回さんばかり勢いで依頼人夫婦は探偵を招きいれたが探偵は「ここで結構です」と断った。

「こ、こ、こ、こ、」
「にわとりの真似は結構です」
「わざわざお出向き頂かなくとも榎木津元子爵様のご子息様ともあろうお方に…」
「あの狒々爺と僕とは関係ありますが関係無いのです。僕はご子息では無く探偵です」
「え…でも…あの榎木津…礼二郎様…ですよね…」

主人は横に立つ幸の薄そうな婦人の顔を見たのを受けて婦人は「私、写真でお見かけした事がありますが…」と頷いた。

「それよりも今日は依頼の件で来たのです」
「依頼…」

夫婦はまるで覚えが無いとばかりに視線を彷徨わせた挙句その子爵のご子息である探偵の背後に隠れて固まっている僕を初めて認識した様だった。酷い扱いだ。

「それでは見つかったので…」
「馬鹿を行ってはいけない。この馬鹿オロカならともかく僕の目は誤魔化せませんよ」

夫婦は青ざめ、その顔を引きつらせたがそれに追い込みをかける様に探偵はずい、と二人に近づき彼らの頭上辺りを見て半目になった。

「いっそ小気味が良い位だね。その良く育った娘さんをそのまま嫁に出すと良い。きっと喜ばれる。それだけを言いに来たんです。好みは好き好きですよ」
「何故それを…」
「なぜなら僕は探偵だからです。外聞は気にしすぎると不幸になる適当にして下さい。どうかお幸せに」

帰るぞ、と僕の鳩尾に軽いパンチをして僕が悶えている間に彼は踵を返してさっさと一人家路についてしまった。

取り残された僕は…しばらく途方に暮れていたが気を取り直すと、彼の奇行と失礼を詫びたがあちらのご夫婦は僕に平謝りを繰り返すばかりだった。

謝礼は結局受け取った。何も解決付いていないからと断ったものの押し付けられる様に何度も渡されてしまったので断るのも無粋な気がしたのだ。

何が起こってたのかさっぱり摑めずに僕はただもうすっかり暗くなってしまった道を一人引き返したのだった。


***



「…と、言う訳なのです」
「それで何故僕の所に邪魔しに来なければならないのだね、毎回毎回君は…」
「此処に来ると毎回救われているからまた来るんですよ」
「では次を失くす為には僕は黙っているのが一番だね。おちおち本も読んじゃいられない」
「そんなーー!」

――結局、僕は中野に棲む、失礼。済むこの馴染みの古本屋の店主に逢いに来た。(尤も此処の本とは彼の時折持ち出す妖怪絵図以外には馴染んだ事が無い訳だが…)

店主は相変わらずの仏張面で床の間を背に本を読んでいたが僕が来るのを横目に見て更に不機嫌になった様な気がするのはきっと気のせいだ。そう思おう。

余りに毎回毎回頼りすぎた所為でこの家の配置も頭にしっかり入っていた。そのお陰で僕は店主の知らない「奥さんがいつも茶葉を入れている引き出し」を知っていたので僕はご機嫌を伺うかの様に彼に薄くないお茶を入れる事が出来た。

勿論彼の好きな甘味の用意も忘れては居ない。…要するにもうそろそろ叩き出されかねないので精一杯の揉み手をした、と言う訳だ。

件の本屋は微塵も顔を緩ませる事無く相変わらず不機嫌そうに本に目を落としていた。

「要するに益田君は円満解決すればすっきりするのだろう?」
「そりゃそうですよ。人事でも辛いより幸せの方が良いに決まってます!」
「じゃあ良いじゃないか。榎さんはお幸せに、と言ったのだろう。円満解決してるよ」
「僕が請け負った仕事なのに意味も分からず解決したんではやり切れませんよ」

本屋はずっと本に目を落としながら話して居たが相手をしてくれる覚悟が(諦めか?)
出来たのか大きな溜息を付き、気だるそうに髪を掻き揚げながら僕を見て…珍しく、少し柔かい顔をした。

「面倒臭いなぁ。君は…」
「なんとでも云って下さい。それで知りたい事が知れるならお安いものです」
「聞くまで帰らないつもりなのだろう?」
「ええ、一歩も動きません!よしんば帰ったとして眠れません」

本屋はさもあらんと首を揺らすと事の流れを語り始めた。


【続く】
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