+++百鬼夜行二次

□僕の立場
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「あのおじさんは一体僕を何だと思ってるんでしょうね…」
「そりゃ、君…」

僕が所属する…(してるんですって!)探偵事務所の昼下がり。僕は憤慨やるせない思いでワザと大きな溜め息を付き、そう嘆いた。

和寅は共感してくれたのか、馬鹿にしたのか判別着かぬ程曖昧に笑った。

僕はまるで人事に思ってるだろう彼を横目で恨めしそうに睨みながらもう一つオマケの様な小さい溜め息を付き、わざとらしく頭を抱えた。

「大体、和寅さんと僕の違いは何です!?同じ下僕仲間であるにも関わらず、盛大なこの扱いの違いに僕の繊細な心はいつだって砕け散りそうなのに…」
「僕はそんな挑発的な事言わないし、思いも付きませんやね。付き合いの長さもあるしねぇ」
「ぼかぁ、挑発なんて…」と言いかけて言葉に詰まり、意気消沈して椅子に力無く座った。

自分の胸に手を当てて考えて見ると挑発などしていないかと言うと何か違和感が在るし…だからってしてるとい言う明確な意志も無いのだ。

そうやって自分で振った話題の流れに自ら躊躇し、考え込む僕に「そもそも僕は下僕じゃなくて秘書なんだから仲間じゃない。悪いがその切ない思いを分かってやる事は出来やしないよ」と彼はわざとらしく同情の念を顔中に表しながら僕の目の前に入れ立ての香ばしい茶が注がれた湯飲みを置いた。

探偵は珍しく留守にしている。
何やら彼の父親である子爵から電話が掛かって来たと思ったら大層な剣幕で言い争い、受話器が壊れんばかりの勢いで叩き置いて、駆け出す様に此処を出て行ったと言うのが僕の横に座り呑気に茶を飲む和寅さんからの情報だった。

「用事を言いつけられた様ですよ。あの人が旦那様と拗れるのはいつもの事ですや。」
「そうなんだけど…部下に何処何処へ何をする為に行って来るとくらい…」
「急ぎ用事でも在ったのかい?」
「在ったから嘆いているんですよ。そうでなけりゃあの人が何処で何をしようが布団の上で野垂れ死んでようが構いやしませんよ!」

和寅はけらけらと笑った。

「何をそんなに困ってるんだい?」
「それがですね…」

探偵の影響か、如何にも守秘義務が守れなくて困る。いや、心の何処かで彼を信用しているんだろう。

今までの事件でだって彼が近所に言いふらした感じを受けないからこう言った話が好きな人間特有の拡散性と言うのは余り無いようだった。

だからと言って話して言いと言う訳では無いのだが……広まらないなら良いのだろう。時に彼は非常に有効な言葉をくれる事も在るかも知れない。

「いやね?娘を探して欲しいと言う依頼なのだけれど探っても探っても如何にもきな臭い匂いしかしない。娘さんはどうやらよからぬ組織に入ったようですよ…何て言って終わる話にも思えないから榎木津さんにその組織のごつい人に逢って貰ってですね」

「君が行けば良いじゃないか…」
「行って殴られて追い払われたからこうしてむざむざとですね…」
「傷一つ見当たら無いですが…」
「拳に合わせてこう…」

少し当たった感触だけ残して後は自分から大袈裟に倒れたのだ。ああいった種類の人間は相手が降参、またはもう二度と立ち上がって来ないと云う確証を欲しがるもので無様にも大袈裟にぶっ倒されたふりをすれば満足して手を引いてくれる。

しかしながらまあ、男として情け無いは情け無いのだが無益な暴力は受けるのも発するのも嫌いだ。

和寅は何か言われるだろうと待ち構える僕を見て言葉を呑み「君は…」と言って一つ溜息を付き冷ややかな目で僕を見た。
「処世術と言う奴です。ぼかぁ喧嘩を仕掛けに行ったんじゃないですからね」

僕はさっきから付きっ放しだった溜息の所為で乾いた喉を入れて貰ったお茶で潤し、少し落ち着いた。

「帰ったって…良い家庭じゃ無さそうなんだけどね…お金持ちなんだけど…」
「依頼人の事かい?」
「そうです。政略結婚の話が出たから今回捜索する気になったらしいんだけど相手は骨と皮で出来た様な…男前なのですがこう…まあ、それはともかくそれまで二年も放っておいたみたいで近所の人からの目撃も取れない。

依頼人の奥さんも情緒不安定な人の様で偶に悲鳴とも怒号ともつかない奇声を上げてたらしくで近所の人間も余り近寄らなかったようでしてね。

…彼女のご友人を探すだけでも一苦労だったんですよで、探したら探したで件のご友人はあの時止めていれば…なんてさめざめと泣き出すし…」

「その人から出たの?暴力団云々との証言…」
「そうですそうです。よからぬ筋の人と旅行鞄を持って…と言ってました。でもよく分かりましたよね。あっちの筋の方は意外と優男も居たりでぱっと見ただけでは断言できないものだけど彼女がそう言い切ったのだからよっぽどの強面だったんだろうと思うんですが…」

たった一人の親友を失ったと彼女は泣いたのだ。あんなにも…悲痛な声で。彼女が捜索に当たっている僕に嘘をつく理由は無い。

彼女の家が襤褸襤褸だった事が更に憐れを誘った。土塀は一部、豪快に崩れていたから僕は迷い込む様にこの家に入ったのだった。

腹の底に鉛が溜まっていく様な重さを感じて大きく深呼吸をした。僕は大体、無駄に思い悩み過ぎるのだ。適当な振りをしてる位が丁度良い。

「とりあえず僕の使命は娘さんを見つけて、ご両親に渡せば良いのですから
手っ取り早くですね…」
「それで済む問題には思えないなぁ…」
「僕の用は済むんです!それで…」

彼は僕を試す様に目の端でからかう様な目をすると「君だってそれで気持ち良く済むとは思って無いだろうに…」と笑った。

その通りだったから僕は彼から視線を外し、溜息を付いた。居た堪れない気分だった。

世の中には旨く纏まる事の方が少ない。探偵が巻き込まれる(顔を突っ込む、の方が正しいかも知れない)事件には悲壮で掬いようの無い話が多かった。

何をどう動かしても綺麗に収拾など着かなかった。それでも、少しでも被害を少なくしたい、と言う皆の想いが結局、京極堂に集まり、件の本屋の重い腰を上げる様に唆す事になる訳だが…

…あの人が腰が重い事の意味を今の僕は分かる。

依頼人の娘を探せば娘さんを追い込んでしまう出来る事ならこのまま、彼女をそっとして置いた方が良いのだが…

断るか、この依頼。
しかしながらあの友人の泣き方を見ると…
せめて彼女には行方を教えてやりたい気がする

こう云うお節介な所が自分でも嫌になる時が在る。

「家庭の事情は僕が口を挟む事じゃありませんよ!結婚に不満が在るなら
両親の顔を見て直接断れば良いじゃないですか!」
「娘さんの話を聞く親御さんではなさそうですがね…」
「そうしたらまた家を出れば良い。僕の仕事は連れて来る…までですから!」

無責任だなぁ…と和寅さんは僕を睨んだが僕はソレで良いと思ってた。卑怯が身上…僕はその言葉をよく吐くがそれは僕の理想で在って実質では無い。

心は重たいままだ。

調査で浮き彫りになったあの家族像は愛の無い、互いが互いに無関心な酷く冷たいものだった。その事が自分の心に大きく傷として重く圧し掛かってくるのだから…

そもそも僕が辛い訳ではない。ご両親はともかく娘さんは辛かったから家を出たのだろう…。

僕がその事を辛いと云うのはお門違いだ。顔も知らない他人の葬式へ行ってさめざめと泣く狂人の様なものだ。

可哀想だの、見ていて辛いだの、そんな人を上から見下ろす様な傲慢な感情は嫌いだ。

そうは思っていても心の痛みは消えずに圧し掛かってくるからこの件はさっさと終わらすに限る、と割り切ろうとしているのだ。

「頼んでも聞いてくれないと思うなぁ…」
「……あの人は僕の頼みならいつだって拒みますからね…」
「…で何時もの様に罵倒されると分かってて君はあの人に頼ろうとするんだから…」

それが煽ってると言う事ならそうなのかも知れない。あの人と人語が交わせないと言いながら結局僕はあの人を頼ってしまうんだけど…

「お父上とやり合った後だからご機嫌も麗しくは無いよ?」
「何でまたこの時期に…」
「機嫌が麗しくても君への罵倒のバリエーションが増えるだけだがね…」
「余り苛めると泣きますよ、僕ぁ繊細なんです」

和寅は笑ってばかりだ。完全に人事だと思ってるのだ。その事に不満は在るけれど、彼が笑っているからこれで済んでいるのかも知れない。一人でこの件を考えると…気分は沈んでいく一方なのだから。

もう駄目なのです…♀エ情的な涙声が耳に残る。女はどうしてああも悲しげな声を出す事が出来るのだろうか…

全身で感情を表す様に肩を揺らし、畳にたくさんの涙を落として…喉の奥から染み出て来る様なくぐもった声が人間も動物の一部なのだとそう感じさせた。

泣き声…鳴き声…魂を揺さぶる様な感情がじわじわと僕の座る畳に侵食してくる様な…何て鳥肌を立てて見たものの…

これではまるで関口さんじゃないか、と自分でも可笑しくなって笑った。そんな僕に驚いたのか彼女は涙をぴたりと止め、狂人を見る様な目で見た。

女性の涙と云うのは伸縮自在なのか、滝の様に流れていた雫が途端に途切れたのが妙に現実感をそぎ、僕をへらへらと笑わせたのが、あれはいけなかったな。

「思い出し笑いは気持ちが悪いなぁ」
「心無い扱い、痛み入りますよ」
「あの本屋の先生の所にでも行った方が良いんじゃないか?」
「行ったら留守だったんです。僕は真っ先に行きましたよ。そりゃそうでしょうに」

彼の指す本屋の先生とは中野に住む――否、棲むの方がしっくり来るのかも知れない――人は、いつも気配を感じさせずに開いてるのか閉まっているのか分からぬ店の戸を僅かながらに開けて置物の如く本を読んでるのが、その戸がきっちりと施錠され、叩こうとも喚こうとも何の音沙汰も無かったのだ。

「僕があの人に嫌われていて…居留守を遣われたなら別ですが」
「その線も疑わしいね」
「関口さんにさえ開いてる戸ですよ?僕よりあの人の方が面倒じゃないですか!」
「あはは、違いない」

人が一人居なくなると言うのは相当な事なのだと思う。こんな世の中だからふらりと消えたくなる気持ちは分かるが冷たい家庭でも、そもそもが貧しいなら出ても居ても同じかも知れないが彼女は良家のお嬢様だ。

家に居るのとは違って喰うにも困るだろうし、宿を探すのも身元保証人が居なくてはそれもままなら無いだろう。

だから組織に入ったか…
裏で暗躍する様な組織なら身元の知れない人間を一人匿うのには造作も無い筈だ。酷い目に遭って無いと良いのだが…


不意にドタバタと激しい足音がしたので僕達は本能的に机の影に伏せた


――瞬間…


部屋中の紙を撒き散らす勢いの風圧を先駆けとして扉が爆ぜる様に開き噂の探偵が感情を隠す事も無く眉間に多くの皺を刻みながら入ってきた。



【続く】
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