+++SKB二次

□PART TIME LOVER
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気が付いたらもう陽が暮れかかってて…


気が付いたら酷く懐かしい規則的なリズムが時を刻んでて…



それがキョーコの刻む料理の音と分かったのは俺がベッドから起きてリビングに行った時で――

その華奢な後ろ姿を見てもすぐには信じられなかった。
正直、もうこんな映像は見られないと思ってた。

「――おはよう。起きたの?」
そう言って振り向くアイツの顔が夕日に照らされて現実感か伴わない程に質素で、綺麗で――

戸惑う様な…妙な空白の在る言葉の隙間を埋めるその包丁のリズムが――
まるで夢の続きを見ている様で――
起きてしまえば消えてしまいそうで――

「おはよう――」
「アンタが素直に挨拶するな…ん…」

――その小さな体をぐっと抱きしめた。

どうせ消えるならこの腕の中で…
どうせ消えるならその感触を思い切り…
どうせ夢ならこんなこっ恥かしい事だって赦されると――

その髪にキスをした。その耳にキスをした。
その頭をそっと撫ぜた。その体をぐっと抱き寄せキスを――しようとした途端体が突き飛ばされ思わずよろけた。

あれ?やっぱり夢じゃ無かったのか…。

「寝ぼけてンじゃないわよ!ご飯作ってるからさっさと机に座りなさい!」
「寝ぼけ――」…否定は出来ない。

「昨日は無断欠勤して…悪かったわよ!」
「…そうだよ!何でだよ!てっきり俺は仕事を断ったのかと…」
「心の整理がしたかったのよ!」
「敦賀サンに怒られたからかよ!仲良いこった!」
「アンタがあんな事するからよ!」
「あんな事って何だよ!?」
「ほらその程度の事なのに私は――」

慌てて自分の口を塞ぐその仕草。記憶を辿って出てきたのはきっと何の記憶にも残せないだろうと油断してした額へのキス――

急激に顔が赤くなる。
でもきっと夕日に紛れてアイツはそんな事気が付かないだろう。アイツの顔も夕日で赤いが俺とは違って……きっと夕日の所為なのだろう。

「まさかマトモに取ったってか?ディープキスさえスルーしたお前が?」
俺の口は本当に如何にもならないのだろうか。すぐに本心では無い事を言う。

「真になんて受けた訳じゃないわよ!ただ慣れてないだけで…」
「じゃ、口へのキスは慣れてたって訳か?あんなにあっさり…」
「そんな訳じゃ――」
「敦賀に口説かれて何度もそんな事――」

「し、してないわよ!」
「実際お前は敦賀の顔色ばっかり気にするじゃねーか!」
「それは――後輩だから――」
「後輩だから俺の家に来てる事も後ろめたく思うんだ!へー!」

「……憎んでるって言ってた相手にあっさり懐柔されたなんて思われたら…!」
「嫌われるのが怖いのか!」
「そりゃ怖いに決まってるじゃない!」
「敦賀はそんな事で圧力掛ける人間じゃねーよ!」

「知ってるわよ!」
「後輩なんだろ!それ以外に何が怖いんだよ!」
「距離を置かれるのが嫌なのよ!」
「側に居たいってか!」

アイツは一瞬黙った後「後輩として…よ…」と煮え切らない言葉を小さく吐いた。

問い詰めたって虚しいだけなのに俺は――

「アイツの事、好きなんだろう?」
「は?」
「アイツの事――」
「アンタに関係ないじゃない!」
「関係在るに決まってるじゃねーか!」
「何で!」
「好きだからに決まってんだろうがッッ!」

部屋が静まり返った。空気が何かの化学反応で固まったかの様だった。

俺は知らない間に激昂してた様で肩で息をしていた。その呼吸と時計の針の刻む音だけが室内を占めていた。

「…からかうのもいい加減にして!」
キョーコの瞳に涙が溜まる。俺はその時冷静になった所為でこれ以上追い詰めるともう――来てくれないんじゃないかと怖くなった。

「……悪かったな。」
アイツは俺の本心を探るかの様にマジマジと俺の顔を覗き込み俺はそれが怖くて乱暴に食卓に座り顔を背けた。

キョーコは暫く俺を眺めた後、「食べよ、ご飯」とだけ呟いてそそくさと用意をして手を合わせた。

「頂きます…」
「頂き…ます」

静かな食事はまるで砂を噛む様な気分だったが如何せんコイツの料理は美味い。喰ってる内に夢中になる。

「お代わりはあるから」
「お代わり!」
「自分で入れなさいよ」
「入れ…てくれよ」

キョーコはそこで初めて微笑んだ。
俺も釣られて笑うと今度は怯んだ様にキョーコは顔を伏せ
「調子狂うわ…本当」とぼやきながら俺の茶碗を持って立ち上がった。
「お前の調子はマトモじゃねーのが普通なんだよ」

俺は自分の口を如何にかしたかった。
焼くでも良い。潰すでも良い。無くなってしまえば、喋れなくてもしょうがない状態になればこんな無駄に突っ張らずに済むのに。
少し位……素直になれるかも知れねえのにな…。


…なれねぇかな、今からでも。


それは只の思い付きと言うか、魔が差したと言うか…

…正直切羽詰ったのかも知れない。
只素直に一言言えたなら何かが変わるかも知れないと思った。

だから俺は不愉快そうな顔でご飯を注いで俺の目の前に少し乱暴気味にその茶碗を置くキョーコに…『ありがとう』のたった五文字をひり出した。

何処かで意識無くは言ってたかも知れない。
それでも顔を背けたがってる本心を押さえつける様に意識的に出す言葉は酷く途切れ途切れで…最後のうを言い終わるまでの体感速度が酷く遅かった。

キョーコは作業を止めて俺の顔を覗き込んだ。

「やっぱり…アンタが変なんじゃない…」
「別に俺は…」
「そんなに無理して礼を言われなくても私は…」
「無理なんかしてない!」

俺の軽い怒号の余韻が消え、室内には水を打ったような静けさが広がった。アイツは首を傾げ俺が熱でも出したかと思ったのかその華奢な手を
俺の額に当てた。

「んー…熱は…」
言葉が途切れてまた静寂。
俺は額に当てられたその手の冷たさに思わず寂情を感じてその手の上に自分の手を重ねた。

離れて欲しく無かった。去って欲しく無かった。ただそれを如何言えば良いのか分からなかった。

「尚?…尚?…ショータロー?」
返す言葉も見つからない俺はただキョーコの目を見た。俺の、キョーコの瞳孔が揺れる。

暫くの間如何する事も無く二人、ただそうしてじっとしていた。時間が酷く緩慢に流れた。身もだえしそうなもどかしい時間だった。

「私、掃除…してくるわ」
夕日に照らされたままのキョーコはふと顔を背けると俺からスッと手を離し手早く自分の使った食器を片付けると雑巾と掃除機を片手に俺の寝ていた部屋に向かって行った。

後に残るは虚しさだけで…それでももう二度と聞こえないだろうと思っていた音がそれを象徴の様に響く掃除機の音が嬉しかった。


【続く】
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