+++SKB二次

□PART TIME LOVER
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「とりあえず、お前はお前として俺の世話をしろ。依頼変更だ」
「私は私としてならアンタの世話なんかしないわよ」
当然の答えだと思う。それでこそキョ−コだ。



「もう嫌々で良い。契約期間飯と洗濯と風呂、な?ラブミー部さんよ」
「そんなのアンタが…」
「お前が居ると捗るんだよ!俺はどうせこのままお前が帰ったら何もしねぇ。気力がねぇ。ゴミに塗れて痩せて腐ってくだけだ。お前の望む通りにならぁ!」

言葉が邪魔だった。一言、明確な一言を言えればそれで済むのにそれが言えないが為に心からは少し離れた言葉を繰り返し繰り返し空虚に積み立てるしか出来ない事が息苦しかった。

「…分かった…わよ。世話だけしたら帰るからね!」
「…おう」

そんな調子で始まった僅かな時間だけの関係だった。

偶に敦賀からの呼び出しがあって俺は酷く機嫌を悪くしていたがアイツはわざわざ自分の家に帰り待ち合わせをして行ったそうだ。

「あの人には…関係無いから…」とアイツは罪悪感を孕んだニュアンスで俺にさえ気まずそうに言葉を吐いた。アイツには此処に来ている事をバレたくないらしい。

その事がまた酷く腹立たしかったがアイツの携帯に敦賀からのコールが在る度に声を殺す自分も居た。

例え無機質な関係でも邪魔されたくなかった。毒付きながら一緒に居る、そんな時間が俺にとって大切な時間だったから。



一度離れて分かるキョーコの有能さ。

曲作りに煮詰まってフラリと出かけた後に帰って何気なしに開ける冷蔵庫に
欠かさないプリン。

背中に視線を感じて恐る恐る振り向くとニヤニヤと笑うアイツに俺は「フンッ!」とわざと不機嫌そうにそれを取り、いそいそと食べる。

「食べたかった癖に今更格好つけて!笑っちゃう!」
「在るから喰うだけだ!別に俺は…」

そう言いながらも視線はプリンから動かない俺を笑うキョーコ。

「バーーーカ!」
「うっせぇ!」
「美味しいんでしょう?」
「うっせぇ!」

スプーンは止まらない上に食った後に奏でるギターはついつい楽しい曲になりキョ−コはそんな俺を見て噴出して、指まで指して笑いやがった。

「プリン狂想曲…」
「んな曲じゃねーーよ!カス!」
「揺れるプリンが尚の周りを回ってる感じの…」
「ちょッ!それどんな曲だよ!」

いつの間にか真面目に俺を支持するだけだったキョーコが俺を弄んで笑うその感じに――

只の下僕として俺の後ろに控えてた筈のキョーコがいつの間にか隣に並んで歩いてる事の実感に――その居心地の良さに――

「もう時間だから帰るわね?」
「――お…う」

アイツがいつもきっちり閉めて帰るその扉が酷く冷たく嫌な物に思えてきた。

「一寸待て」
「…え?」

いつからか、俺は何だかんだと言い訳をつけては
アイツを引き留め始めていた。

「その…契約はいつまで…」
「アンタの曲作りが乗ってくるまでって聞いてるんだけど」
「そうか、じゃぁ…明日も来いよ」
「まだ乗らないの?」
「…まぁな」
「…ふーん…」

そして沈黙。何か言いたげに俺を見上げるキョーコと言いたい言葉も出せない俺。

「…じゃ、帰るわね」
「ああ…」

今更送って行ってやるなんて柄にもねぇ事言えないし云った所でコイツは嫌がるだけだろう。

そんな事を頭の中で煩悶してる間に扉はまたゆっくりと閉じてアイツを隠した。

如何にも出来ずに只、時間と言葉に出来ぬ想いばかりが募って次第にどちらともなくぎごちなくなって行った。

何気ない言葉の合間に出来る沈黙。
アイツの癖なのだろう、キョーコは俺の顔色を伺い、俺はアイツのそんな視線が怖くて目を逸らした。

居ないと寂しい、なんて。
帰って欲しくない、なんて。
…多分、無理やりこの想いに言葉をつけるなら好きになるらしい、なんて。

バレたら終わり。この時間はもう来ない。
今までの関係にも戻れない。そして多分――恋人にも、なれないんだろう。

「好きだ」と言えば…何か進むか?――きっと進まない。
「ずっと…悪かった」と言えば……それも進まないだろう。

きっと何かの切欠で今更始まる様な恋じゃなくて俺らはずっと何気なく一緒に居て、何気なく離れて…ずっとそんな感じで生きていく。

そんな顛末しか思いつかないのに…キョーコが此処に来るのは契約で…それが終わったらもう来ない。それだけの関係。それが酷く辛くて居た堪れない。

いつの間にか俺は眠れなくなり昼も夜もギターばかり弾いていた。曲作りなんて進まない筈が無い。

それでも俺は嘘を付く。アイツを繋ぐ為に。
虚しい、虚しい作業だと知りながらも他に選択肢が見つからなかった。

そんな空虚な日々を積み重ねた在る日の事。
何度目か、俺の部屋を掃除しているアイツの携帯が鳴り、視線で「取れよ」と促されてアイツが取った電話の先の敦賀の言葉に
キョーコが怯えた顔をした。

一瞬チラリと俺の顔色を見た後、「ちょっと待って下さい…」と言いながらアイツは部屋を出て行った後、暫くして青ざめて帰って来た。

「何だよ」
「…何でも無いわ…よ」
「怒られたのか?バレたのか?」
「そうじゃないけど…。アンタに話す事じゃないわ」

キョーコの背中が俺の言葉を拒絶してる様だった。だから俺は――余計に引けなくなった。

「言えよ」
「言わない」
「…ラブコールか?」
「そんなんじゃないわ」
「…怒られたのか?」

アイツの背がビクリと跳ねた。互いに瞳孔の指す先が定まらない。

「そう言う訳じゃ――」
「じゃ――無いけど不機嫌そうだった…」

当然アイツと俺とは違うだろうが俺ならそうなるだろう。
好きな奴が…隠し事をして、あまつさえ男の匂いがしたとしたら問い詰めて怯えさせる訳にもいかず、溜飲も下がらず、只心配ばかりする時間を重ね…只、溢れんばかりの苛立ちを積み重ねる。

不機嫌にもなるわな。

「…アイツには関係ないじゃねーか!理不尽にあたるんじゃねーよ!」
「アンタには関係ない!」
「アイツにも関係ない、俺にも関係ない、だったら誰にだったら関係在るんだよ!」
「…ねぇ…」

嫌な予感がした俺は先手を打つしかなかった。

「契約はまだ終わってねぇからな!もうちょっと我慢しろよ」
「……分かってる、わよ。でも私じゃなくてもこんな仕事……」
「おめぇじゃ無かったら意味ねーんだよッッ!」

自分で思うよりも俺は感際待っていた。
声の抑揚がコントロールできずに声を荒げた。

「…料理、洗濯、食事くらいプロに任せれば…」
「…駄目なんだよッ!クソがッ!」

奇妙な沈黙。アイツの視線が痛い程頬に突き刺さるのに俺は相変わらずアイツの顔が見れなかった。

「どうして…」
「不快な仕事で悪ぃがな!」
俺の口は如何してコイツが関わるとこんなに嘘ばっかり付くんだ。

「…どう…」
「嫌な時間だったんだろうな、さぞかし。敦賀に痛くもない腹を探られるわ、理不尽に当たられるわ、不愉快極まりない相手の世話だわ、引き受けた限りは断れないわ、もう最低最悪の時間だろうなッ!」
「…そう…よ…私は…不愉快…だったわ…」
「んな事、全部判ってるんだよ…」

分かってるんだよ、少し夢見てただけで本当は。他愛も無いやり取りで、アイツが俺をからかって笑う顔で…ひょっとして、アイツも楽しいと思ってるんじゃないかと俺は都合良く思おうとしてた事位、ずっと自覚はしてたんだ。

「だったら何故…」
「うるせぇな!もう!」

苛立ちは最高潮。問い詰められても出る答えは無い。だからと言って、あんな事、しなけりゃ良かったと後悔はしてる。

それでもあの時はそうするしか無くて…あれは衝動で…本当はそうする事で何か気が付いて欲しいとか思ったのかもしれない。
だとしたら俺は世界一バカなんだろうな。

恋愛音痴のアイツが、チョコを互いに取り合ったあのディープキスさえ無かった事にしたキョーコが――額にキス位で――何も分からねぇに決まってるのに…。

「如何して…」
「今日はもう帰れ」
「尚…如何して…」
「分からないか?…分からないだろうな」

俺はアイツに背を向け、後ろ手で帰れとばかりに手を振った。

「訳が――分からない…」
「帰れよ…」

暫く立ち尽くしてたアイツが荷物を纏めて玄関へ行くのを物音で察した。

「明日も、来いよ…仕事だからな」
「…分かってるわ…よ」

そしてアイツは出て行った。そして次の日…

アイツは来なかった。酷く一日が長かった。
扉の外の少しの物音にもいちいち行動を止める様な張り詰めた時間。

俺は嘗てアイツにした事の罪深さを身を持って理解させられた。きっとアイツにそんな意図は無いだろう。あの時の俺と同じ様に――

ごめん。そう謝れば良いのか?
そんなので済む話じゃねーじゃねーか。

この痛み、身もだえする様なやり切れなさ。
いつの間に日が沈んだのか、俺は電気すら付ける気になれずに真っ暗な中、一日ベッドに潜り込んでいた。

こんな日を暮らしてたんだな、キョーコ。
そりゃあれだけ怒るわな、恨むわな。
赦せない筈だな、もう金輪際、俺を要らないと思おうとする訳だ。アイツはアイツなりに一生懸命、好きで居てくれたんだな――

情けない事に涙が出た。どうしようも無い涙だった。

後悔してもどうしようも無い。
俺がしっぺ返しで苦しむのも当然、泣くのはお門違い。それでも止める事も出来ずに…ただ枕に染みこむそれを暗がりの中で腹立たしく見ていた。

もう来ねぇかな。来ねぇだろうな。
曲のストックも足りてる事だし――

俺は俺の日常に戻る…か。アイツの居ない日常に。元々、俺の生活にアイツが居なかったんだから元に戻っただけじゃねーか。そう大した事じゃないんだ。大した事じゃ…ない。


そう呪文の様に繰り返して明かした朝。上る陽が目に痛い。赤くなった目を水道水で洗って俺は早めに部屋を出て外をブラついた。

サングラスを掛けていても俺だと分かるファンに時々囲まれながら
いつもなら完全に無視する所を自分の気を紛らわせる為に少しばかり相手にしていた。

「尚って歩かないってイメージ在るんだけどッ!生で見ると本当に格好良い!」
「マジ嬉しい!大好き!新しいアルバムも良かった!」
「ファンなの!何処に行くの?一緒に行って良い?」

こんなに賞賛が虚しい物とは思わなかった。
これが何より好きだった筈なんだが気分は沈む一方で耐えかねて俺は足早に再びあの暗い部屋に帰る事になった。



【続く】
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