嗚呼、

□もうはなしません。
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「お、お邪魔しまーす…」

どうぞ、という彼の嬉しそうな声に少しどきり、としながら部屋に入る。しんぷるで使いやすそう。梓くんらしい部屋だ。

見事テストで100点をとった梓くんは、今週の土曜日に部活がないということを知り、10時から待ってます。と言った。

10時からなら、10時からお邪魔しないといけない気がして、実は9時30から部屋の前に立ってた。って、あたしは初デート前の彼氏か!………まあ、そんな恥ずかしいエピソードは置いておいて。今日は何しましょうかとるんるんでベットに座りかけた梓くんを正座しながら見上げると、先輩の上目遣い可愛いと言われた。

「か、可愛い!?そんな月子ちゃんに似会うような言葉を…!」

「月子先輩は関係ないでしょうっ!」

少し照れながら返せば、お腹を抱えて笑い始める梓くん。そんなに面白かったの?と聞けば、くすくすいいながら「はい。」と言った。ちょ、なんかむかつくよ!

「さーて、先輩。本題です。」

ことり、梓くんがどうぞとジュースを出してくれた。中身はオレンジジュース。馬鹿にされているような気がしなくもないけど、まあ好きなのでよしとする。あくまでよしとするだけだけど。

軽く梓くんの言葉を流しそうになって、「え、本題?」と聞き返すと、「はい、本題。」とにっこり笑ってくれた。なにそれ、今の笑顔反則…月子ちゃん並に可愛かったよ。笑顔の月子ちゃんには断然負けちゃうけど。

そう言えば僕は男です!とちょっと怒られた。ごめんね、では本題に入って下さい。



嗚呼、

もうはなしません。




「先輩、僕のこと好きですよね?」

その確信めいた発言にあたしは思わずオレンジジュースを吹きそうになった。な、何?いつから…?とか思っているだけで、もう頭はパニックだった。そんなあたしをからかうかのように梓くんは続けた。

「金久保瀬先輩にふられてからまだ一ヶ月しかたってないのに、先輩ったら軽いんですね。でもいつも優しくて可愛い宙先輩のことが金久保先輩よりもっとずっと前から好きでしたから、愛してましたから、僕的には嬉しいですよ。」

長々と梓くんにそう告げられて、頭がショートした。あたしのことを軽いといった発言に軽く傷ついた胸に、さらにおいうちをかけるように言った。金久保先輩よりもっと前から好きだった、という言葉。確かに嬉しいけど、それは一体…。

「梓くん、金久保先輩はあたしのこと好きだったかもしれないけど、それはlikeの意味で…本当は月子ちゃんがっ…」

そう言いかけたところで突然ぎゅうっと抱きしめられた。苦しい。ちょっと強く抱きしめすぎだよ。そう言おうとして口を動かせば梓くんの静かな低い声が部屋に響いた。

「どうしてそこなんですか?僕の愛の言葉より、金久保先輩が好きだったという事実のほうが重要ですか?」

次第に涙声になっていくのを聞いて、梓くんの顔を腕を外しながらゆっくり見ると、静かに涙を流していた。かっこいい。綺麗。可愛いなんていうものじゃない。静かに涙を流す彼は綺麗だ。かっこいい。…なんて、この場で考えるものではないかもしれないけれど。

「僕は辛かった。

だから、嘘をついてまで金久保先輩を脅したんです。先輩達は両想いだったから、焦って、先輩を監禁するって…。宙先輩が金久保先輩にふられて、どこかふっきれてる様子をみて、本当に安心したんです。それで…昨日宙先輩が、彼女じゃないのにって照れていうから、僕のこと好きになってくれたんだと思って…!」

醜かったでしょう、

嘘をついてまで貴方を騙して、

手に入れて笑っていた僕の笑顔は。



そう言って、涙でぐちゃぐちゃなのに、無理に笑顔を作った梓くんを見たあたしは、何か言葉にならない溢れた感動を得た気がした。

「梓くんっ…!」

思わず抱きしめた。そりゃ嫌だと思う。だって、大好きだった先輩との恋路を邪魔されたんだから。でも、そんなことより目の前にいる梓くんのほうがよっぽど大事だった。このまま壊れてしまいそうな梓くんのほうが、よっぽど放っておけなかった。おずおずと背中にまわされた自信に充ち溢れている普段の彼からは想像出来ないくらい震えた手が、泣き声をこらえながら静かに涙を流している彼が、あたしには愛しくて、辛くて、もう二度とこの手を離したくないと思った。

こんなに誰かを愛したのは、はじめてかもしれない。

「大好き、大好き!醜くなんてないよ!梓くんの笑顔は素敵だよ!見るたびに胸がせつなくなるくらい、眩しい笑顔だよ。

…大好き、愛してる。もう絶対離してなんて、あげない。」

ぎゅう、と腕にこめる力を強めた。それにこたえるかのように梓くんの腕の力も強くなった。それから、我慢出来なくなって、抱き合いながら二人で泣いた。

金久保先輩には申し訳ないと思う。こんな、軽い女で。金久保先輩は辛かったと思う、梓くんに騙されて、ごめんなさい、先輩。絶対、二人で謝りに行きます。

月子ちゃん達、ごめんね。こんな軽くて心配かけるあたしで。恋を応援してくれてありがとう。辛い思いさせてごめんね。



梓くん、大好き。
こうやって罪を認める君の背中、震える手、全てが愛おしくてしょうがない。その綺麗な瞳、静かにながれる涙、可愛い唇。

金久保先輩よりもっと前から好きだったと言ってくれた。気付いてあげなくてごめんね。こんなあたしだけど、貴方の傍にいさせてね。怖いだなんて思ってごめんね。


どんな君も、愛してる。


(嗚呼、この恋の終わりがはじまりです)

(嗚呼、この恋には終わりが見えません)

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