novel

□トウメイ
2ページ/3ページ



一旦弱まっていた雨は再び強さを増して。


「…この雨なら、本当に見えないかも」


あり得ないけど、そんな気がしてしまう。


「見えないですよ」

そう言って見つめてくる彼に、私の心臓の動きはどんどん加速する。



「早く着替えなきゃ。風邪引くわ」

「大丈夫ですよ」

「いいから行くわよ!」


この速くなってしまった鼓動を抑えるために、言い放った言葉のはずが、仇となった。


彼の車に着替えがあったから。

早く着替えさせるべきだと思ったのは本心だけど…。





「…今、着替えるの?」

「え、あ、はい。駄目ですかね?」

「駄目なことないわよ。風邪引くから早く着替えなさい」



とは言ったものの。変に心臓が高鳴ってしまう。いい大人が、異性の着替えを見れない訳ではない。



多分、キスの所為。




「よいしょ…」

「?」


何かと思い横に目をやると、薄暗い車内の中、灰色に染まった肌色が視界を占めていた。

彼が後部座席にある着替えを取ろうとしていて。



「…高木のバカ…」






私にも非がある。傘を借りて、自分の車に向かえばよかったものを、何故か勢いで乗り込んでしまった。それから降りもせずに。



もっと彼からのキスを望んでいたのかもしれない。

気付いた時には彼を引き寄せていた。






「もう、何で上着着てなかったのよ」

「誘惑するためです」

「なっ…調子に乗らないで!」

「そういう表情、好きです」

どういう表情なのかと考える間もなく高木は続ける。


「佐藤さんも着替えますか?」

軽く小突いてやろうかと思っていると、また何度目か分からないキスをしてきた。


“満更でも無い顔”
今私は、そんな表情をしてしまったかもしれない。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ