novel
□トウメイ
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一旦弱まっていた雨は再び強さを増して。
「…この雨なら、本当に見えないかも」
あり得ないけど、そんな気がしてしまう。
「見えないですよ」
そう言って見つめてくる彼に、私の心臓の動きはどんどん加速する。
「早く着替えなきゃ。風邪引くわ」
「大丈夫ですよ」
「いいから行くわよ!」
この速くなってしまった鼓動を抑えるために、言い放った言葉のはずが、仇となった。
彼の車に着替えがあったから。
早く着替えさせるべきだと思ったのは本心だけど…。
「…今、着替えるの?」
「え、あ、はい。駄目ですかね?」
「駄目なことないわよ。風邪引くから早く着替えなさい」
とは言ったものの。変に心臓が高鳴ってしまう。いい大人が、異性の着替えを見れない訳ではない。
多分、キスの所為。
「よいしょ…」
「?」
何かと思い横に目をやると、薄暗い車内の中、灰色に染まった肌色が視界を占めていた。
彼が後部座席にある着替えを取ろうとしていて。
「…高木のバカ…」
私にも非がある。傘を借りて、自分の車に向かえばよかったものを、何故か勢いで乗り込んでしまった。それから降りもせずに。
もっと彼からのキスを望んでいたのかもしれない。
気付いた時には彼を引き寄せていた。
「もう、何で上着着てなかったのよ」
「誘惑するためです」
「なっ…調子に乗らないで!」
「そういう表情、好きです」
どういう表情なのかと考える間もなく高木は続ける。
「佐藤さんも着替えますか?」
軽く小突いてやろうかと思っていると、また何度目か分からないキスをしてきた。
“満更でも無い顔”
今私は、そんな表情をしてしまったかもしれない。