novel

□桜、揺らめく
1ページ/2ページ




「だから、ちょっと外れたところ…」

「えっと…」


「見当たらないわね…高木君、本当にこっちに来てる?」

「来てますって」

「真面目に探してよね?」


「至って真剣です」

「何ムキになってるのよ」


「別にそんな… 」


彼女が少し笑っているのが電話越しから伺える。

でも、言い返す言葉は続かなくて。



「どうしたの?」




川辺に咲く桜の木の下で佇んでいる、その姿に

心を奪われた





「高木君?」



少し冷える夜に光りながら咲き誇る桜と、見慣れた姿。


俺の、愛しい人。



「…見つけました」



辺りを見渡し、俺に気付いた彼女は、笑顔になると此方に歩き出そうとして。




「駄目です、そのままで」


既に耳から携帯を離している彼女にその声は届かず、手で合図をして。


きょとんとしてその場に立ち止まったままの彼女を見ていると、今すぐにでも傍に行き、抱き締めたくて。

でも、このまま見つめていたい。



なんて美しいのだろう。




「高木君。私、待ってるんだけど」

「今行きます」

耳に携帯を当てたまま見惚れていると、自分の中に優しい声が入り込んできて。





「あそこで何してたのよ?」

「いや、別に…」

「まるで、落とし穴でも警戒してるみたいだったわよ」

「えぇっ?」

美しいものを見る自分の顔は、そんな顔をしているのかと、少し虚しくなる。
そんなことも知らずに、彼女は笑っているけれど。


「遅れてすみません」

「ううん、私も移動しちゃったし」

あまりに混雑してたから、なんて苦笑いをしている。




「少し、歩こっか」



川沿いの道をゆっくり進んでいくと、その川を繋ぐ橋にたどり着き。





「綺麗ね…」

「ええ。でも、佐藤さん…」

「ん?」

「いえ、本当に綺麗です」

貴女の方が綺麗です、なんてお決まりの台詞すら言えなくて。


微笑むと再び桜並木に目を向ける彼女の隣で、ほんの少しだけ、距離を縮めて。



「やっぱり、似合いますね」

「何が?」

「桜です」

「そりゃあ、春だもの。」

「違いますよ、その…」

「?」

「四月生まれの人…だからですかね?」

チラ、と彼女を見ると、少し驚いた様な顔をして。



「…まあね。」

照れながらも誇らしげに微笑む姿が可愛くて。


「なによ?」

「いや、あの…」

「そんなに横から視線を感じたら、落ち着いて花見が出来ないわ」

「す、スミマセン…でも、桜が咲いてるのもこの時季だけですし、ちゃんと見ておかないと」

「ちょっとオーバーじゃない?」

「いえ、僕にとっては貴重な季節ですから」

「そっか」

少し顔を赤らめたまま微笑むと、諦めたようにまた川沿いを見つめて。



水面に映る、揺れる淡いピンクがとても綺麗で。




「私も、高木君ほど熱くないけど、好きよ。」



「はい」


「私の場合、高木君といる時間は、いつでも貴重だから」



あまりにさらりと言うものだから、一瞬時が止まったようにさえ感じて。


「…佐藤さん、俺…」


優しい表情で桜を眺め続けるその横顔に触れたくて、愛しくて。




一秒足りとも、貴女を離したくありません



握っている手に少し力を込めると、彼女の鼓動が伝わってきた気がした。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ