novel
□your name
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「おはようございます」
「おはよ。早いわね。」
「今日は特別な人に起こしてもらったので」
「あら、お母さんが来てるの?」
「へ…?」
「え?違った?」
「そういう特別じゃなくてですね…」
「どういう特別よ。…ちょっと、まさか堂々と浮気宣言?」
「違いますよっ」
早朝の本庁の廊下には人の姿も無く、俺の声は少し響いてしまった。
こういうことに疎いにしても、特別な人=自分とはならないものなのだろうか。
まぁ無意識だったのかもしれないし、仕方ないか。
「じゃあ誰なのよ」
「分かりませんか…?」
「分からないから聞いてるんだけど」
「佐藤さんです」
「え?…私知らないわよ…」
「やっぱり寝ぼけてましたか。呼んでも返事が無くて。一応掛け直したんですけど、切られちゃって」
一体何の話だと目を丸くしている彼女に着信があったことを告げるとちょっと待って、とポケットから携帯を取り出した。
「嫌だ…何で掛けてるのよ」
「わ、分かりません…」
真剣な眼差しを向けてくる彼女に笑う。
彼女の方は何か考えているようで。
「どうしました?」
「ううん、ごめん。もう少しゆっくり寝てられたのにね」
「いえ、それは全然問題無いです。けど…」
「けど?」
「特別な人っていうのは、そういうことですから」
「…っ」
それだけ言い残し立ち去ろうとした彼を小突こうとすると、それを躱して行ってしまった。
「ズルい奴…」
彼女からモーニング・コールを貰えるなんて、幸せ者だよな。
仕事を終えた車の中、画面に映る彼女の名前を見つめた。
「…もしかして」
いや、都合良く考え過ぎだろう。
俺ならまだしも彼女が、というのは考えにくい。
そんなことを考えていると、窓を叩く音が聞こえた。
「高木君」
「佐藤さん。お疲れ様です」
「お疲れ。朝はすごい身のこなしだったわね」
高木に促され助手席に座る彼女はジト目で此方を見てくる。
「何のことでしょう…」
「もう、とぼけないでよね。」
言うだけ言って逃げるんだから、と頬を膨らます。
「伝える僕も、結構恥ずかしいんですよ…」
「高木君…」
顔を少し赤らめる高木に、佐藤もつられてしまう。
「佐藤さん、鈍感過ぎです」
「悪かったわね。私だって電話した記憶があれば気付いてたわよ」
「そうですか」
「何よ、本当なんだから…」
「ですよね。勘の鋭い佐藤さんが気付かないなんてこと、無いですもんねぇ…」
微笑み信じていない様子の彼に、佐藤は赤く染まったままの顔を背けた。
「怒らないで下さいよ」
「別に怒ってなんかない」
「すみませんったら…」
「誰かさんのことになると、勘なんか働かないのよ、馬鹿」
「佐藤さん」
「……」
「こっち向いてもらえますか?」
「嫌」
「お願いします」
彼に優しい声をかけられて、断る術は無く。その彼の方を向き直れば、ゆっくりと身を寄せてきた。
「…好きです」
愛しくて、恥ずかしがって目を合わせてくれない彼女にそのまま口付けた。
「…ちょっと、まだ他に車が停まってるのよ…」
「じゃあ僕、後ろ行きましょうか?」
「っ…」
「冗談ですよ、冗談」
「もう…」
先程まで見ていた画面を再び見つめ、携帯を大げさに閉じてみせる。
「僕、佐藤さんの名前を見てるだけで幸せです」
「…」
「なので、そのまま寝ないように気を付けます」
「なっ…!」
動揺した彼女を見て、本当なのかもしれないと上機嫌になった俺は、今度は少しばかり強引に唇を塞いだ。