novel
□トウメイ
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「嘘…」
車を降りて数百メートル。
突然降り出した、滝のような雨。
傘は持っていないし、走るしかない。でも確実にずぶ濡れになる。
早く上がれたついでに、昼間の聞き込み中に落としたであろうペンを探しに来て、足止めを食らってしまった。
もう閉まっている喫茶店の前で腕時計に目を落としていると、雨音の中から走る足音のようなものが聞こえて。
「佐藤さん!」
声をかけてきた主は息を切らせていて。差していた傘を閉じて私の隣へ来た。
「高木君!どうしてここに…?」
「千葉の部屋から帰る途中で、佐藤さんの車を見つけまして。ゆっくり走っていた所に姿が見えたんです」
「そうだったの」
そういえば、帰りに千葉君のアパートに行くって言ってたっけ。そんなことを考えていると、彼が寄り添ってきた。
「弱くなるまで待ってましょうか」
「うん」
少し、こうしていたい。
高木は佐藤に微笑むと、寄り添ったまま降り続ける雨を眺めた。
雨宿りって、憂鬱だけど。
彼とだとそうは感じない。
むしろ、この時間が心地よい。
「凄い雨ですね」
「ええ、傘を差さなかったらあっという間にずぶ濡れね」
少し雨が弱くなってきた。止まないで欲しいと思う自分もいる。でも、いつまでもここにいるわけにもいかないし。
「…ごめん、行こっか」
しばらくして、未だ止まない雨の中を二人で歩き出した。
「今日、高木君と相合傘をするとは思わなかったわ」
「これも、佐藤さんが傘を持ってなかったおかげですね」
「なんか、そうみたいね」
二人の笑い声が、傘の中で響く。
「傘って周りからは見えないから、良いですよね」
「え?」
何が、と彼の方を向いた瞬間、唇に柔らかい感触がした。
「外でも堂々と出来ます」
「…っ、これビニール傘」
「すいません、ビニール傘には見えなくて」
そう言うと、再び唇を重ねられた。
「どう見ても…」
「はい」
「と…透明だから、見えるわよ」
何度目かの口付けの後、高木に抱き締められながら佐藤は口を開いた。
「いいじゃないですか、周りに人はいないし」
「あのねぇ…」
「じゃあ、ビニール傘じゃなかったら良いんですよね?」
「そういう問題じゃ…」
彼から離れると、鼓動が少し速くなった気がした。上着を着ていないから、シャツが雨に濡れて彼の肌が透けている。
弱くなったとはいえ、この雨の中キスをしていれば、そうなるだろう。ただでさえ、二人で一つ傘の下。この雨で濡れない方が不思議だ。
だけど私はほとんど濡れていない。こっちの方が不思議で。それは高木君が傘を私にばかり差してくれたからだけど。
「佐藤さ…」
不思議そうに覗いてきた高木の言葉を遮ったのは、佐藤自身。
照れ隠しに一言だけ。
「ありがと、傘」