長編

□儚−7−
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「ふぅん?じゃぁ、姫さんはハーデス様が愛しくて、そのニンフが許せないんじゃ?だったら簡単!そのニンフを消してしまえばいい!姫さんは神だろう?それぐらいすぐできるだろう?」

事情を訊いてきた男に紗月は不思議と警戒心なく話してしまった。

男はチシャ猫のように笑い言ってきたが、紗月は静かに首を横に振った。

「おや?じゃあなんだ?」

楽しげな男についつい口が開いた。何者なのかわからない男なのに、むしろ知らないからこそ話したくなった。紗月の胸の内では抑えきれなくなった想いを誰かに言ってしまいたかった。

「私はゼウスとデメテルの娘です。ハーデス叔父様にとって気を使わないで済むものではありません。現に望まれて妻になったわけではない私にも、よそよそしいながらも気を使ってくださいます。なのに私はハーデス様の真に愛する人との中を邪魔をするだけ…。私の神気、混ざっているのわかりますか?」

紗月は涙を堪える様に上を向いていたから気づかなかった。尋ねた紗月の言葉により男の笑みが深まったことを。

「あぁ、勿論だとも!なんて言ったって不思議な色合いをしているからね!」

その言葉に紗月は「信じれないでしょうが、」と前置きをした。

「私、神となる前は人だったんですよ。ずっと未来を生きる日本人。ただのちっぽけな人間で、事故で死んだと思ったらお母様の、デメテルの娘になってて…。笑っちゃいますよね。こんなこと言い出すなんて。」

忘れてください。と続けるはずだった紗月は、目の前に男の手がかざせれ止まった。いや、動けなくなった。かろうじて微かに呼吸ができるだけ。

圧倒的な力が、紗月に掛かっていた。掛けている男はニンマリとした笑みを深くして、「へぇ」と呟いた。

「なら、これは夢かもしれないねぇ?姫さんが見てる夢。嫌な夢だろう?俺が覚まさせてやるよ!」

ガタガタと、恐怖で体が小刻みに震えた。

(この力は、ゼウスを、お父様を凌駕する!彼は一体…!?)

紗月の視線に気づいたのか男は答えた。

「俺は、カイロス。時の神クロノスの弟さ!!姫さんの渦、綺麗にマーブル模様だったからねぇ、つい出てきたんだよ!次はもっと深くに堕ちてほしいかな?ばいばい!」

スッと遠くなる意識の中、思ったのは優しい黒の君。

(彼につけてもらった名でも呼んでもらえなかったけど…、彼には、ハーデス様には一度でいいから紗月と呼んでほしかった。)
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