長編

□楔−1−
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「本日より、城戸沙織様の秘書に任命されました、志羽紗月と申します。」

「お久しぶりですね、紗月さん。」

紗月の目の前にいるのは数年前よりずっと大人びた紫髪の少女。

ニッコリ笑って差し出された手に答えつつ、「紗月とお呼びください。」と告げた。

「では、さっそくですが仕事に掛かっていただきます。辰巳、紗月さんに仕事を教えてあげてください。」

紗月の言葉を笑って聞き流し沙織が呼んだのは執事の辰巳徳丸。光政の頃から城戸につかえていた強面の男だ。

「よろしくお願いいたします。」

頭を下げつつ紗月が考えていたことは仕事とは別のことだったが、それを悟られることなく仕事に臨んだ。
















紗月の初日の仕事が終わり、さぁ帰ろうというところで辰巳に呼び止められた。曰く「お嬢様がお呼びだ。」

辰巳の指示通りに朝案内された沙織の部屋に着き、紗月は大きな扉をノックした。

コン、コン

「総帥、志羽です。」

「お入りになってくださいな。」

くぐもった声だったが確かに聞こえた促しの言葉に紗月は「失礼します。」と入室した。

「お疲れのところ申し訳ありませんわ。」

窓に佇む沙織の姿が、外から入る夕焼けの光に溶けてしまいそうに見えた。

「いいえ、やり方を教えていただいただけでしたので…」

勧められるままにソファーに座り紗月は沙織を真っ直ぐに見つめた。

「そのようにかしこまらなくてもかまいませんわ。今は仕事外ですし…」

クスリと笑う沙織に大人の女性として何かが負けた気がしたが、紗月は「ではお言葉に甘えて…」と言って立ち上がった。

「紗月さん?」

不審そうに首を傾げる沙織の傍に歩み寄り、沙織の隣に腰かけた。

ぎゅっ

沙織の頭を引き寄せ柔らかく抱きしめた。

「いいのよ、無理しなくて沙織ちゃん。」

「紗月さん?どういう…」

ポンッポンッと右手で沙織の背中を軽く叩きつつ、左手で沙織の髪をゆっくりと梳いた。

「沙織ちゃんはまだ少女のうちから人の生活を背負っているのね。グラード財団なんて大きな組織の総帥なんて重たい役目なんでしょうね。」

「………」

「私には沙織ちゃんの背負っている物も、考えも何もわからないけれど、」

沙織の揺れる瞳を覗き込み、紗月は微笑んだ。

「でも、これだけはわかるわ。沙織ちゃんはまだ十二歳の少女だわ。…甘えていいのよ、私にでも、辰巳さんにでも。子供に頼られるのが大人の役目なのよ。」

イタズラっぽくウインクした紗月を見て、沙織は自分の頬が濡れたのがわかった。

紗月はそんな沙織の眦をそっと拭って瞼にそっと口づけた。

「今はゆっくりお休みなさい。眠りにつくまで、ここにいるわ。」

おずおずと頷いた沙織は年相応に見えたが、何かをいいかけそのまま口をつぐんでしまった。
その動作で何かを察した紗月はこちらから言ってみた。

「沙織ちゃんがいいなら一緒に寝てもいいかしら?」

「勿論です!!」

顔を喜色に彩った沙織は「こっちです!」と言って自分の寝室に紗月の手を引いて連れて行った。

…そこにあったベットの大きさに驚き、しばらく固まってしまったのは仕方がないことだと思う。
 

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