長編

□儚−7−
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終わりの始まりは、冥府の一角。
以前はアスカラボスが世話をしていた庭を紗月は整えていた。そんな時。

「貴女が、ペルセフォネ様?」

振り返った先にいたのは美しいニンフ。

鮮やかな緑の髪、切れ長の琥珀の瞳、白い肌にぷっくりと色付く紅く唇。蠱惑的な肢体を薄い衣で包んでいる。

女である紗月の目から見ても魅力的な女性だった。

思わず見惚れそうだったが、その瞳に浮かぶ挑発するような色が、それを許さなかった。

「はい、そう、ですが…」
「へぇ…」

気圧されるようにして答えた紗月にニンフは値踏みするかのように紗月の身体を見落とした。


「なぁんだ。ハーデス様のお妃っていうからどんな美女かと思ったら、まだ子供じゃない。ハーデス様も、こんな子の何がいいのかしら。」

デメテルの子供として、神となって初めて受けた、嘲り。

ニンフは続ける。

「ねぇ、コレー様いいえ、ペルセフォネ様だったかしら?あたしメンテーって言います。ハーデス様の、そうね、愛人…かしら?」

胸の痛みが…紗月を貫いた。

「あ…い、じん?」

「えぇ、まぁ貴女に気を使ったのか、あたしの相手をしてくれるのは冬の、貴女が地上にいる間だけだけど。」

信じたくはなかった。それが本当ならば私は何のために存在しているんだろう?私は、彼の、ハーデス叔父様の幸せの邪魔をしているんだろうか?

真っ青な顔で紗月は後ずさった。胸の前に組んだ手はカタカタと小刻みに震えている。

メンテーの口から零れる言葉は呪詛のように紗月を蝕んでいった。

「ハーデス様は何時も情熱的にあたしを抱いてくださるけど、貴女が、ペルセフォネ様がいるからあたしは愛人以上にはなれないんですよ。…ねぇ?知ってますかペルセフォネ様?」

「な、にを、ですか?」

黙って!とプライドも、外聞もなく叫んでしまいたかったが、それは神となってから築いたちっぽけなプライドが許さなかった。

紅い唇から零れた毒が紗月を犯す。

小さな声音で、囁くように、
「ペルセフォネ、って破壊者、光を壊す女性の意味を持っていますよね?」

紗月は耐えきれなくて踵を返し、走り出した。目的地などなく、ただメンテーの言葉から逃げるように、誰かに嘘だと言ってほしくて。心臓がバクバクと脈打ち、息も上がる中紗月はただただ走り続けた。

視界が涙で歪んでゆく。果たしてそれは精神的なものか、生理的なものか。眦から涙が零れ掛けたとき、驚いたように、「ペルセフォネ様!?」と呼ばれた気がしたがそのまま走り続けた。

走って走って、カツンッといつの間にかむき出しの地面に足を取られてバランスを崩した。

ふらっと傾く体に咄嗟に目を閉じた紗月が感じたのは誰かに腕を掴まれた感触。

「おやおや、あっぶなっいねぇ。大丈夫かい?お嬢ちゃん?」

顔をあげた先にいたのはシルクハットにスーツ姿の男性。何故か近くにあるはずの彼の顔が紗月にはわからなかった。

ただわかった口元はニンマリと弧を描いていた。
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