幸福の咎

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「これラッピングお願いします」
「クリスマスプレゼントですか?素敵ですね」
「はあ、どうも」
くっだらねえ、と思いながらも財布は取り出していて、そこから万札を一枚支払った。ラッピングの間に店内を見渡すと、革小物が整理整頓されてほどよく並んでいる。酷く見やすい店内だった。この店は随分前に自分の財布を買ってから時々来ている。使えば使うほど馴染む革の感触が好きで気に入っていた。今日は大阪遠征の帰りに寄った。JR横浜駅でみなとみらい線に乗り換え凡そ三分、そこから徒歩であっという間にこの店に入り、買う物も色も事前に調べておいたから、あっという間に目当ての物を見付けて手に取り現在に至る。店に入ってから十分も経っていない。
今日はクリスマスイブだった。今年はちょうどと言うべきか何なのか、日曜日に当たった。イベント毎に水戸に何かを送るなど今まではしたことがない。今までは何気なく買って、何気なく渡していた。その度に水戸は、どうも、と言って受け取った。その時オレは、満足していた。何しろあいつはセンスゼロだから、収納ボックスの手前から順番に着て行くような奴だ。それ合わねえよ!と言うと、じゃあ選んでよめんどくせえから、と返ってくる始末だった。自分の着る物にまるで頓着しない。自分には酷く疎くて無頓着な男。けれどもオレは、それで良かった。自分が仕上げた水戸が最高にかっこいいことを、オレが一番よく知っていたからだ。だから満足していた。十分だった。その時は。
オレの水戸、オレに惚れてる水戸、水戸の運命はオレが決める。つい先日までは本気でそう思っていた。あの自信はどこから来ていたのだろう。何だったんだろうか。二人は所詮二人でしかなく、オレと水戸でしかないのに。他人の運命を決めるのは無理だ。出来ない。水戸のことを決めるのは水戸自身。てめえのことはてめえで決めな。時々思い出すのは、大学生の頃水戸に言われた言葉だった。お待たせしました、店員の声に我に返り、レジを見た。店内なんて、目にも何も映っていなかった。商品を受け取り店を出て、自宅マンションに向かった。水戸はきっと待っている。
帰宅すると、廊下にまで出汁の匂いが漂っていた。鍋だ。急に腹が鳴った。早くビールが飲みたくなる。リビングを開けると、フローリングまで暖かかった。ダイニングテーブルにはカセットコンロの上に出汁の入った鍋と、切った野菜が乗った大きなステンレス製のざるがあった。水戸はキッチンに立って、ビールを飲んでいる。目が合うと、目元を緩めて笑う。
「おかえり」
「ただいま」
「手、洗った?」
「まだ」
「ちゃんと洗いなよ」
「分かってるって」
水戸はいつも洗面所で洗ってからリビングに入るけれど、オレはいつもキッチンで洗う。それを知っていて言う。この時いつも、帰って来たと実感する。オレのこと好き?昨日も今日も好きだった?最近毎日これを聞きたくなる。聞けばきっと、鬱陶しいと水戸は直接言うか、顔を顰めるだろう。それでも聞けば、好きだと返してくれるだろう。けれども何故か、もう水戸の「好き」は聞きたくなかった。それこそくっだらねえ理由で。
手を洗い、まずは寝室に荷物を置いた。パッキングされたものはそのままにしておいて、大阪土産だけを手に持ち、またリビングに戻った。今回の大阪土産は「秋鹿」という日本酒だ。以前買って帰ったら喜んでいたからだ。水戸に渡すと彼は、ありがとう、と言った。嬉しそうだった。今日飲むよ、と付け加えた。オレは一人で先に椅子に座った。いただきます、と言ってから、煮えていた出汁に野菜を入れた。肉が先だろ、と水戸は冷蔵庫から肉を取り出し、テーブルに持って来る。あんたは何回言っても聞かねえな、水戸はそう言って笑いながら豚バラ肉を鍋に入れた。トレイのラップには、半額のシールが貼ってあった。また半額買ってる、オレはそれを見て吹いた。何?と聞かれたので、半額シール、と言うと、定価じゃ買わねえ、と奴は言った。この幸せ以上を求めるなんて傲慢だと頭では理解しているのに、体が納得していなかった。
粗方食べ終え、シメの麺も食べた。はあ、と息を吐いてからビールを飲むと、水戸は日本酒が入っているグラスに口を付けてから、立ち上がった。何だ?目で追うと、水戸は冷蔵庫を開ける。そこから取り出したのは箱だった。
「ケーキ食う?」
「え?」
「要らねえか、そんだけ食えば」
「要る!食う!」
水戸はこういう時、酷く柔く笑う。この顔は嫌いだ。昔は好きだった。元々水戸の顔が好きだからだ。でもこういう、優しい笑い方を今は好きじゃない。水戸は無理強いはしないし、大概優しい。オレが手を振り払わないから。そうしなければ側に居るからだ。この男は、本来簡単に消える男だ。自分の意思で。オレの目の前からいとも容易く。だからこの笑い方は嫌いだ。優しいのは嫌いだ。簡単につけ込めるからだ。そしてオレがそのやり方を上手く使っていることを、この男はよく知っている。戦い方を分かっている。攻防戦のようだと、最近特に思う。
水戸はまず、ダイニングテーブルを片付けた。取り皿をシンクに、鍋をステンレスに置き、カセットコンロも収納に戻して次はテーブルを拭いた。オレが手伝う暇もなかった。もっともその気があるかと言われたら正直微妙な所だけれど。そしてその後、水戸はケーキの箱を持って来て、テーブルの上に置いた。どうぞ、と言う。俺食わねえから、と。そして水戸は、ベランダに向かった。どうしよう消えたら、消えないのにそう思う。何でだろう。よく分からない。けれども分かることが一つある。オレがこういう考え方をするのは水戸が優しいせいだ。それだけは分かる。消えたら嫌だから追い掛けると、水戸は煙草を咥えたまま振り返った。少しだけ目を開いて、けれども何も言わない。少しだけ薄い唇に煙草を挟み、軽く上下に動かす。この男の癖だ。

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