短編

□午前二時、本能のままに
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ドライブしようぜ、そう言った三井に水戸はまた、はあ?と言った。明日仕事、そう付け加えた彼に三井は、オレもだよ、と返した。もっとも自分は午後からなのだけれど、それは黙っておいている。何となくすぐに帰ってしまうのが惜しくて、三井は今度、ドライブを強請った。水戸が言うには強制的に迎えに来させた挙句、次は深夜のドライブだ。何故こんなことを言ったのか、自分でもよく分からなかった。ただ、イルミネーションが凄く綺麗だった。クリスマスに特別な祝い事などして来なかった二人だからこそ余計に、たまたまそこにあったきらきらとした無数の輝きは、三井の酔いを増長させた。酔ってるから、イルミネーションが綺麗だから、それに当てられたから、理由など幾らでも見付かった。けれども、そのどれにも当て嵌まらないような気もした。ただ、このイルミネーションを上から眺めたいと思って、それだけは確かで、三井は夜景が眺められる所に行きたいとリクエストした。水戸は吹いた。そんなロマンチストだったっけ?と、ぎょっとしたように言った。あんた現実主義者でしょうよ、と付け加えた。三井は、うるせえ、と言うだけだった。そして結局、夜景が見える駐車場に水戸が車を停め、外に出てイルミネーションを見下ろしている。他には誰も居なかった。車の中からも見ることは出来た。それなのに三井は、外に出た。最初に吸い込んだ空気が、すっと喉に入り込んで冷たくて心地良かった。ただ、猛烈に寒かった。少しでも酔いが醒めるかと考えていたのだけれど、見事に大外れだ。
風は冷たくて、標高もそれなりに高いからか街よりも随分と寒く感じた。寒さにあまり強くない三井は、掌で両腕を摩る。だから誰も居ないのだろう。しかも平日の深夜だ。頭の中は未だにぼんやりとしていて、思考が覚束ない。分かるのは、ここから見える点々としたイルミネーションが酷く綺麗だということだけだった。今まで地上から見ていたあれらは、上から見るとこうなのか、と。圧巻で、また三井は息を吐いた。
「寒くねえ?」
「さみーよ」
「じゃあ車入ろうよ。つーか帰ろうよ」
「なあ」
「はあー、次は何?これだから酔っ払いは」
半分以上呆れたように息を吐いた水戸は、ポケットから煙草を取り出した。一本咥え、左手で風除けを作り右手でライターを点ける。二、三度鳴らして、煙草に火が点く音がした。緩く燃える音が、やはり耳元にクリアに聞こえる。
「お前、サンタっていつまで信じてた?」
「は?何急に」
「オレさあ、ガキの頃からバスケしてたから、サンタに要求してたのはバスケットボールとかバッシュとかね、そんなんばっかだった」
「はは、要求って」
「お前も欲しいもん、手紙に書いたりしたの?想像つかねえや」
水戸の横顔を見ると、彼は少しだけ目線を上に上げている。考えているのかいないのか三井には分からないけれど、水戸が例え幼い頃だとしても、サンタクロースに願い事をしていたのは全く想像出来なかった。
「うちにサンタは来なかった」
「え?」
「ばあちゃんに何度か聞かれたけどね、欲しいものないかって。その度に、ないって言ったり無視してたりしててさ。その内俺も面倒になって来て、欲しいもの言ったんだよ。そしたら泣かせちまって、そっから聞かれなくなった」
「何言ったの、お前」
「つまんねえ話だよ。そろそろ戻るか」
そう言うと水戸は、携帯灰皿をポケットから取り出し、煙草を押し付ける。三井に背中を向けて車に戻ろうとした。その時、三井は思った。今こいつを抱き締めないと、そう思ったのだった。酔ってるし夜だし誰も居ないし、三井は水戸の手首を掴み、そのまま後部座席のドアを開けた。押し込むように乗ると、水戸が小さく、いて、と言う。車の中は暖かかった。すぐに戻るだろうと水戸が考えていたからか、エンジンは掛かったままだった。それ以前に、三井がわざわざ外に出て夜景を眺めるなど水戸は想像もしていなかったのかもしれない。そういえば後部座席って初めてだ、三井はまた、的外れにもほどがあることを考えた。意外と広い、そんなことが片隅に過ぎった直後、押し込んだ水戸を三井は抱き締めた。そしてまた口付けた。今抱き締めなきゃいけないキスしなきゃいけない、また自分勝手だ、そんなことは最初から分かっていた。ただ、三井がそうしたかった。
水戸の体をぎゅっと抱き締めると、そこからは煙草の匂いがした。髪の毛からも同じだった。あとは、水戸の皮膚の匂いがした。頬に口付け、また唇に口付けた。何度もして、舌を差し込んだ。座席から片足が落ちて、三井が水戸を押し倒しているような形だった。口付けながら水戸の体に触れると、彼は三井を肘の辺りで押す。
「ちょ、あんた何やってんの」
「今すぐやりたい。ここで」
「は?!頭おかしいだろ」
「お前に欲しいもの言われても、オレは泣かない、と思う。多分」
「……何言って」
「酔ってんの。見逃してよ」
「じゃあー……、する?」
それからはもう、広いと思っていた後部座席はやはり狭くて、体の色々な箇所をぶつけた。何しろ三井が長身だからだ。結局三井が上に乗った。乗って?と水戸に言われたからだった。酔ってるから酔ってるから、そう思い込んでいたけれど、きっともう酔っていない。水戸に探られているうちに、すっかり正気に戻った。いや、もっと前からだ。泣かせちまって、あれを聞いた瞬間に醒めた。何を言ったかは知らない。聞く気もなかった。ただ、三井の体を時折ぎゅっと強く抱き締め、胸元や首筋を噛んだり舐めたりする水戸を、抱き締めたいとしか、それだけしかなかった。抱き締めて自分からキスをして、上に乗って水戸の言うように挿入を煽った。言われたから乗ったんじゃない。水戸は最初からきっと分かっていた。だから三井に言ったのだと思う。
狭くて不自由な車内は、三井を酷く煽った。大きな声が出そうで、その都度水戸は三井の唇を塞いだ。唇で塞ぎ、指で塞ぎ、水戸も小さく息を漏らした。浅く短く呼吸する音が、狭い車内ではよく分かった。窓が結露して、外と車内の温度の差異を殊更に感じ、それがまた三井を煽る。暗闇の中でも既に目は慣れ、上から水戸を見下ろすと彼は時々横目で、結露していて外も見えない窓を見ている。動いて少しだけ動きを止め、それからまた、三井を抱き締めた。
「何?どうした?」
「いや、別に」
「何だよ言えよ」
「人としてダメだろ、外でやるって」
「今更?!お前って変なとこで真面目だよな」
「ダメな筈なんだけど、凄え気持ちいいから参ってる」
はあ、と息を吐いた水戸は、また動き始めた。浅く短く、そして熱い水戸の呼吸を直接肌で感じながら、三井はまた嬌声を上げる。すると、うるさいからと口付けられた。三井は水戸の頬を撫で、その口付けを堪能しながら思う。
水戸が幼い頃欲しかったものを、三井は予想が付いていた。けれども言わなかった。言えなかった。だから体で繋いだ。物理的な距離だけでも無くしてしまいたかった。でももう、今は気持ちがいいから。車でも外でも何でもいい。酔ってるだとか何だとか、理由なんて幾らでも付けられるだろ?そんなのオレの得意技だよ。
多分午前二時辺り、本能のままに。





終わり


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