短編

□愛よ歪め
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「おかえり」
「ただいま。何これ」
「それ開けんなよ?AVだから」
「は?」
「今日会社の将棋大会で景品だっつって社長がくれたんだよ。毎回そうだからいつもは代えてもらうんだけど、今日は代えるなって見張られててさ」
参った、水戸は軽く笑いながら言うと、三井の目が急に輝いた。え?水戸はそう思った。何この展開、そう思った。
「み、三井さん?どうした?」
多少おずおずと聞いてみると、三井の目には希望だとか期待という文字が透かされるほど光って見える。
「開けようぜ!」
「はあ?!何で!」
三井は水戸の疑問など答えようともせず、包み紙をばりばりと開けている。貰った本人が開けるなと言っているにも拘らず、了承も得ず。強者だ、水戸は常々三井のことをそう思った。
「今日飲み会でさー」
「うん」
しかも全く脈絡ない言葉をいきなり持って来ている。水戸は返事をするしかなかった。当の三井は包み紙から出て来たAVのパッケージを眺め、久々に見た、と言う。しかもビンゴ、とも続けた。何がビンゴだよ、水戸はそう思った。
「チームの一人が彼女とSMまがいのことしたっつってさ、最初くっだらねえって思ったんだけど、ちょっと面白そうじゃねえ?」
「え、全然」
「嘘つけ!見てみろお前!社長もお前がそういうの好きそうって思って選んでんじゃねえの?」
「別に嫌いじゃねえけど、見るとやるじゃ話は別っつーか」
「夢がねえな、お前は」
夢が有る無しの問題?水戸は三井の思考回路が時々よく分からなくなる。水戸は唖然とした。そして彼が持っているAVのパッケージを一緒に覗き込むと大きく派手に「ど変態ドM!」と書いてあるのだ。あ、何か頭痛くなって来た。水戸は思わず額を押さえた。あの社長は俺がこういう趣味だと思ってんのかどんな目線で選んでんだよ、水戸は言いたいことは飲み込み、一度大きく息を吐く。
「で?何?どうすんのこれを」
「見ようぜ!見て研究すんだよ」
水戸は三井のその言葉にそのままずり落ちそうになった。脱力した。
「ちょ、ちょっと待った。三井さん考えてみなよ。じゃあ俺が見るとするよ?そしたらあんた絶対言うだろ、この女優が好きなんだろとか浮気だろとか、あんたが見ろっつったんだろって言ったとしてもどうせ話が通じねえだろ?な?分かる?」
すると三井は、うーん、と唸った。そこは納得したらしい。良かった話が済んだ、そう思った。じゃあシャワー浴びよ、と着替えを取りに行こうと寝室に足を向けた時、それを阻まれる。三井が水戸の手首を掴んでいたからだ。
「待て。話はまだ済んでねーよ」
「今度は何」
水戸は少し苛ついていた。早くシャワーを浴びて寝る、そう思っていた。そこで三井が帰宅し、しかも多少酔っ払っているのか面倒なことになっている。元はと言えば、あの社長が毎度毎度変な景品を寄越すからこんなことになっているのだ。いつもは代えてもらう。それこそ最初は神田から言い出した。水戸さん、日本酒飲めないから代えてもらえませんか?と。渡りに船だと思った。ちょうど誰かと交換したいと思っていたからだった。けれども次は、神田に自分から頼んだ。代えてくんねえ?と。すると彼は言った。すみません!僕には刺激が強すぎます!と言ったのだった。仕方なく藤田に頼むと、彼は快く了承した。藤田はきっと、その時はたまたま二位の景品がAVで、毎度そうとは思っていない。
今度からは直訴してやる、水戸はそう思った。頼むからまともな景品にしてくれと。別に水戸は、見ても構わなかった。ただその後が面倒だから嫌だった。どうでもいい、早くシャワー浴びて寝る。そうしたいのに、三井がそれを簡単に阻んでいる。
「水戸よ」
「何ですか、三井先輩」
「やってみようぜ」
「だから何を」
「SMまがいのことだよ」
水戸はその言葉に、また深く溜息を吐いた。項垂れて額を掌で覆った。
「あのー、何でいきなり?」
「お前のそういうのが見たいから」
あ、この人バカなんだ。水戸は思った。そういえば昔からバカだった。確か高校時代も一度、AVを見て一人でやれと言われた記憶がある。水戸は顔を上げ三井を見ると、それは酷く不遜な表情をしていた。なぜ彼がこんなに偉そうなのか、水戸にはもうよく分からない。
「三井さん、あのね?SMまがいのってことは、あんたが多少は痛い思いするわけじゃん。ね?分かる?しかも明日も仕事だし、ね?」
「だから、オレがあんまり痛くないようにするのがルールな。でも痛いのも悪くねーからその辺はお前が加減しろ」
「はあ?!」
「加減だよ加減、出来るだろ。上手くやれよ?」
水戸は目を閉じた。眉間に皺を寄せ、軽く俯いた。明日も仕事だし今日は頭も疲れたし飲み会だったしこの人はバカだし人の話なんか全然聞いてねえだろてめえ。
「分かったよ」
水戸は言うと、フローリングに立っている三井の足元を払った。人の転ばせ方など、随分前から熟知していたからだ。力が強くなくとも、人は簡単に転ぶ。案の定、三井も簡単に転んだ。尻餅を着いて、フローリングに掌を着き、目を開いて何度か瞬きしながら水戸を見上げている。水戸も同じようにしゃがんで膝を着いた。そこから逃げるように、三井はそのまま後退ろうとする。逃がすか、そう思った。
「ちょうどいいもんが着いてる」
手を伸ばし、三井の首元に手をやった。今日三井はスーツを着ていた。その首元には多少緩まれてはいるものの、ネクタイが結んである。ネクタイを思い切り引っ張ると三井の体が勢いよく近付き、揺れる彼の目がよく見えた。これが素なのか演じているのかよく分からない。どうでもいい疲れてるから、水戸は自分でもよく分からない言い訳を、頭の中で流した。だってやりたいって言ったのはそっちだろ?と。
ネクタイを引っ張って外して、それを両手首に巻き付ける。三井は抵抗しなかった。ぐっと縛ると、彼は顔を歪める。
「いってえな。加減しろっつったろ」
「はは、加減って何それ」
「お前やっぱりドSだな」
「ドSかどうかは知らねえけど、結構そそられるもんだね」
「ほら見ろ」
水戸は三井の体を押した。フローリングに倒した。そこに覆い被さり、唇に噛み付いた。拘束した両手首を三井の頭の上に叩き付ける。それから舌を捻じ込んで、口内を犯した。応えるその舌に、水戸は頭の片隅に学生時代の自分を思い出した。その頃の自分が、水戸は酷く嫌いだと思った。彼に対してだけ容赦なく手を上げた自分を、水戸は醜いと思う。
「俺、暴力は嫌い」
「信憑性ゼロだな」
三井のシャツのボタンに手を掛け、外してその肌を剥き出しにした。水戸は唇を近付け、肌を吸って噛んで舐めた。三井は鳴くように喘いだ。三井は水戸を呼んだ。けれども決してそこには触れなかった。早くとせがまれた。それでも触らなかった。どれだけ耐えられるんだろう、そう思った。三井は水戸を呼んだ。叫ぶように呼んだ。水戸は酷く興奮していた。彼のベルトを外してジッパーを下げ、スラックスも脱がした。それでも水戸は、何もしなかった。
「もういいから触れよ!」
「嫌だね」
「ど変態!ドS!」
「そういうあんたはドMだな」
「うるっせえ!」
「まじで疲れてんの、俺。早くシャワー浴びて寝ようって思ってたとこにあんたがめんどくせえこと喋って意味分かんねえし人の話は全然聞かねえし、苛ついてムカついてしょうがねえんだよ。なのに何で……」
何でこんなに好きなんだろ、水戸は小さくそう言った。その直後三井のそこに触れた。三井は叫んだ。すぐに果てた。水戸はお構い無しに後ろに指を突っ込んだ。掻き回した。また三井は叫ぶように鳴いた。喘いだ。声でかい、水戸はそう思った。挿入した後も変わらなかった。水戸は無性に三井を殴りたくなった。けれどもそれは叶わなかったから、その肩に噛み付いた。骨に当たるほど強く噛んだ。拘束した手首も未だに押さえ付けたまま、三井の体を折るようにして何度も突いた。
「すっげえ気持ちいい」
「やっぱお前はドSのど変態だ」
「もう何でもいいや、あんた相手なら」
その後も三井は、何度も果てた。水戸も同じだった。終わった後、フローリングから起き上がった三井は、体痛え、と言った。SMまがいって言ったじゃん、と言うと彼は舌打ちをした。両手首に巻き付けてあるネクタイを外すと、赤く痕が残っている。
「ごめんな」
「え、何で謝ってんの?」
「何となく」
「お前さあ、暴力嫌いってマジ?」
「まじだよ。何回か言ってると思うんだけど。喧嘩も苦手だし、俺臆病だし、避けられるもんなら避けたかったんだって昔っから」
三井は手首の痕を撫でながら、ふーん、と言う。そして、いつから?と聞いた。水戸は不意に三井を抱き締めたくなった。優しく優しくその体を撫でて抱き締めたいと思った。
「小学生の頃初めて殴られて、すげえ面倒だったんだよね。そんでまあ、いつからかやり返すようになったら相手が簡単に倒れるもんだから噂が噂を呼び、みたいな。めんどくせえんだよ、そういうのが。そんな感じ」
「ふーん、そっか」
「三井さん」
「ん?」
「抱き締めてもいい?」
そう言うと、三井の方から水戸を抱き締めた。優しく強く抱き締め、水戸の体を撫でた。三井は言った。水戸が好き、そう言った。水戸はそれに答えず、三井の体を抱き締めた。
水戸は嘘を吐いた。暴力が嫌いな本当の理由はそうじゃない。面倒だったからじゃない。嘘吐きだ。水戸はただ、殴る側に回る自分が、初めて水戸に暴力を振るった人間と重なることが嫌だった。そしてそのくせ、暴力的に三井を抱くことに性的な興奮をする自分が昔から酷く苦手だった。嫌いだった。そんな愛し方で喜ぶ自分に憎悪を感じる。本当は優しく撫でて抱き締め、正当に愛したいのに。
それでも彼は、水戸が好きだと言う。そんな水戸が見たいと言う。正当な愛って何?水戸は自嘲した。三井を抱き締めながら、水戸は気付かれないように笑う。
愛よ歪め、それが正当に値すればいい。水戸は三井を抱き締めながらそう思った。





終わり


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