短編

□欠けた背骨で泳ぐ
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まずは一服しようとリビングを抜け、ベランダに出た。ライターで煙草に火を点けると、携帯が鳴る。デニムのポケットから取り出すと、三井の名前があった。
「はい」
『オレ。何してた?』
「あんたのこと犯してた」
そう言って水戸は、煙草の煙を吐き出した。
『は?!お前何言ってんの?!』
「だから早く帰って来てよ。本物がいい」
きっと電話の向こう側の三井は、水戸の言葉に慌てふためいているだろう。それを想像して水戸は笑った。
『お前でもそんな気分になることあんだな。びっくりするわ』
「別に驚くことでもねえだろ」
『いや、結構な衝撃だよ』
「会いてえなぁ」
『だからびびらせんじゃねえって』
そうは言いながらも電話口の三井は笑っている。水戸は煙草に口を付けて吸い込みながら、夜の空を仰いだ。月が少しだけ欠けている。半分でも三日月でも新月でもない、満月が少しだけ欠けていた。それを見て水戸は、また覚束ない気持ちになる。
「三井さん」
『何?』
「好きなんだよ、あんたが」
『だから何なんだよお前!びびらすんじゃねえっつってるだろ!』
その変わらない声を聞きながら水戸は、まだ現実は、手に届く場所にあることを知る。明日には過去になる今を思いながら、もう一度水戸は欠けた月を仰いだ。






終わり
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