短編

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水戸が屋上のドアを開け、定位置に向かっていた所で、よく知っている声が何重にも重なって聞こえた。
今日は何して遊んでやがる、と半ば呆れていた所で、そこに着いた。ここはドアからは見えない死角になっていて、彼等の溜まり場になっている。後ろから黙って近付くと、よく見知った連中三人の中に、これもまたよく見知った上級生が混じっていた。コンクリートにトランプを広げ、どうやら神経衰弱をしているようだった。各々顔が真剣で、うわー!だとか、くそっ!だとか、笑い声だとか、そういった類の独り言に似た言葉達が飛び交っている。彼等は未だに水戸が背後に立っていることに気付いていなかった。更に上級生は、水戸の前に座っていた。もっとも彼も、それに気付いてはいないのだけれど。だから何となく形の良い後頭部を上から眺めている。
水戸はその場に立ったまま、少しの間彼等の様子を眺めた。全員が全員、闇雲にトランプを捲っていて、しかも覚えているようで覚えていないからなかなかゲームが進まない。だめだこりゃ、水戸は思わず吹き出した。するとようやく、全員が顔を上げる。
「あ、洋平」
最初に声を出したのは大楠だった。そこで振り返った上級生は、少しだけ驚いた顔をしている。
「お前らほんと暇な」
水戸はそう言って座り、コンクリートに凭れた。上級生である三井は、水戸を一瞬だけ見遣り、またゲームに戻った。
「洋平、お前は参加禁止だかんな」
「分かってるよ」
そう言うと、水戸は煙草に火を点けた。ゆっくりと吸い込み吐き出すと、三井がこちらを見ていた。何?と聞くと、彼はすぐに大楠を見遣る。そして不思議そうに声を出した。
「何で水戸は参加禁止令出てんだよ」
「アホみたいに勝つから」
大楠が言うと、彼はぎょっとした顔をして水戸を見た。何?と、今度は若干語句を強めて言うと、三井は訝しむように水戸とトランプの散らばったコンクリートを交互に見る。そして最後はまた水戸を見た。
「何でアホみたいに勝つんだよ」
「それはー……、あー、説明すんのがめんどくせえ」
「出た出た、つまんねー奴」
三井は言うと、またトランプに目線を戻した。すると連中が、次ミッチー、と声を掛ける。それを合図に三井は表に向けるトランプを吟味するように見遣り、悩んだ挙句彼からは離れた場所のトランプを返した。水戸はそれを、コンクリートに凭れ煙草を吸いながら見ていた。あーあ、水戸はそう思った。闇雲だなぁ、と思ったのだった。彼等はいつも闇雲にトランプを返すのだ。だから勝てない、水戸はいつも思う。連中がトランプをひっくり返す度に水戸は、横から口を挟んだ。あーあ、だの、当たんねえなぁ、だの、横槍を入れた。その都度彼等からは、うるせー外野は黙ってろ!と突っ込みが入る。水戸は口を開けて笑った。そういう時、三井は度々水戸の方を振り返った。物言いたげな表情を見せ、またゲームに戻る。負けず嫌いの彼の気質はたかがトランプゲームに於いても変わらず、必死に臨んでいるように見えた。それにも水戸は笑っていた。
散々繰り返した挙句、昼休みが終わるまでにゲームは終わらなかった。結局予鈴が鳴った頃に慌てて片付け、ばたばたと解散する。洋平行かねーの?と問われるも、水戸は、うーん、と曖昧に答えるだけだった。元々絡むように連んでいるわけでもないので、連中は水戸の曖昧な返答には答えず屋上を去った。水戸は未だにコンクリートに凭れ目を閉じ、五限目サボるか、そんなことを考えていると、視線を感じる。目を開け見上げると、三井が水戸を見下ろしていた。
「今日バイトは?」
「休み」
三井は学生服のポケットに手を突っ込んでいた。そしてどこか不機嫌そうにして、未だに水戸から視線は逸らさない。
「じゃあ行っていい?」
「ああ、今日金曜だっけ。ご自由にどうぞ」
多少突き放したように言うと、三井は目を逸らし舌打ちを一つする。ガラ悪、水戸はそう思ったと同時に吹き出した。
「何だよ!」
「いや別に。メシでも食って帰る?奢るよ、バイト代入ったばっかだし。校門辺りで待ってっから」
そう言うと、三井は一瞬ぎょっとした顔を見せ、また目を逸らした。
「……終わったら連絡する」
「はいはい、りょーかい。もう行きな?本鈴鳴るよ」
「お前はどうすんの?」
「考え中」
水戸はまた目を閉じた。それでも、前に立ち尽くしている気配は消えない。
「何?」
目を閉じたままで言うと、多少涼しくなった空気が横切る。すると今度は、真横に気配を感じ、水戸はまた目を開けた。確認しなくともそれは三井で、水戸は息を吐く。
「授業出なよ、先輩」
「オレも考え中」
「あっそ」
また水戸は目を閉じ、三井の気配を感じながら、水戸は浅い眠りに就いた。この人の気配は嫌いじゃない、水戸はそう思った。
屋上の日陰は涼しかった。ほんの少し前まで酷く暑く、九月初めの頃はここで煙草を吸うことも厄介だったほどだ。それが段々と変化して、終いには隣に三井が居た。夏はもう終わったのに、水戸はそう思った。それは今も尚覚束なく、時折所在無くて右手が妙に騒ついた。この人の気配を嫌いな訳じゃない、それでもやはり面倒で、一人にして欲しいとも思うこともしょっちゅうあった。まだよく分からない、水戸はそう思い目を開けると、逆に三井は目を閉じている。
「あんたもう寝てんの?」
コンクリートに凭れていた三井の体は、もう力が抜けているようだった。その無防備な姿に呆気に取られ、同時に酷く安堵していて、水戸は小さく笑ってからもう一度目を閉じた。

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