短編

□未来よ、降伏せよ
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お互いに飲んで色んな話をして、彼がバスケ観戦が好きなことも知った。ホームの試合は時間が合えば観に行くと、そんな話もした。バスケ好きのオレからしたら嬉しくて、「洋平くん」から「洋平!」に呼び捨てに変わった所で、もう一人の家主が帰宅する。
「ただいま」
「よっ!レシート!」
「は?」
「三井さん、おかえり」
「おい菅田、お前なに出来上がってんだよ。つーかレシートって何?」
「まあまあ三井コーチ、お前も座れ!飲め!」
怪訝そうな顔をした三井は、鞄をソファに置いてからこっちに来た。すると洋平が立ち上がり、席を譲る。素晴らしい後輩、オレはまたそう思った。洋平はキッチンに立ち、ビールを取り出して三井に渡した。三井は一言、さんきゅ、と言っている。それから何やら二人で話していた。いつから飲んでた?とか唐揚げにレモンは必須だろ、とか、それは普通の会話だった。洋平も、四時くらい、とか、菅田さんと俺は必須じゃないよ、とか、普通の返答をしていた。でも表情は穏やかで、三井と彼は本当に仲の良い先輩後輩なのだと、その空気から感じ取る。そのうち、ピザ頼む?と、その流れになった。三井を見上げた表情に、あれ?そう思った。
さあ、知らないかな。俺も。
その言葉とあの時の表情が不意に蘇って、今の顔も重なって、二人を交互に見る。何かが腑に落ちたようなそうでないような。オレが酔ってるから?少なくともオレは、酔っていようがいまいが、こんなにも穏やかに笑う三井を見たことがなかったことを知った。
大学生の頃、試合があると時々、奴は「後輩が観に来てる」そう言っていた。でも三年の夏以降から、その言葉は消えた。オレは単に、バスケ部の後輩が来ているものだと思っていた。大学バスケを観に来ていただけなのだと。そして後輩が忙しくなり、観に来なくなっただけだと。その頃から三井は腑抜けた。バスケ以外の時間は覇気がなくなった。
好きな奴が忘れらんねーんだけど。
さあ、知らないかな、俺も。
ああそうだ。あの表情の意味が、今分かった。
「三井、オレ帰るわ」
「は?さっき帰ったばっかなんだけど」
「いや、すっげえ楽しかったからもう十分。な?洋平」
「おい、どんだけ仲良くなってんだよ」
椅子から立ち上がり、かなりなくなった土産を指して、これ飲めよ、と言った。ほぼなくなってんじゃねーか、と突っ込まれ、笑う。
「またな、また飲もうぜ」
洋平を見て言うと、彼は薄く笑う。
「いつでも」
お邪魔しました、そう言ってリビングのドアを開けると、後ろから足音がした。三井が付いて来ているのが分かった。玄関でスニーカーを履き、振り返る。
「じゃあな」
「何しに来たの、お前」
「はは、飲みに?」
「だからオレ帰ったばっかなんだって」
「まあまあ、また来るからさ」
そう言うと、三井は呆れたように息を吐いた。
「三井コーチ」
「その呼び方やめろって」
「あー……、のさ」
「ん?」
「いや、何でもない。そんじゃ」
玄関を開け、三井に手を上げた。彼も一言、じゃあな、と言う。それを合図にドアを閉めた。外の気温は暑くも寒くもない。良い時期だと、オレは思う。
知らないなんて嘘だ、そう思った。あれは焦がれている表情だ。誰かを思う時、人はきっとああいう顔をする。
忘れられないほどの好きな人は多分あれだ、そう思った。でもそれは、言う必要もないと思った。聞く必要もなかった。
「良かったな」
夜の空気を吸い込んで吐き出した。酔い覚ましには歩くのはちょうど良い。
ああ、楽しかった。心底そう思って、自分がとても良い気分で安堵していることを知った。





終わり。
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