短編

□からくもはしたない幸福
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どうも。現場の大楠です。
本日洋平宅で鍋をしております。という訳でオレの周りはぎゃーぎゃー騒がしく、主に騒がしいのは家主以外なんだけども、近所から通報されねーかなと毎回心配するほどです。が、それは杞憂に終わっており毎回胸を撫で下ろすのですが、もうその頃はオレも記憶があったりなかったり。つまる所自分もうるさいことはよく分かっています。
洋平はこの度引っ越しを決めました。それはまだ、他の奴らは多分知りません。つい三日前、引っ越したいからいくつかピックアップして欲しいと頼まれ、しかもミッチーと一緒に住むなどと言い出すから、オレは正直目ん玉が飛び出るくらい驚きました。多分、少し出たと思います。慌てて入れた記憶があるようなないような、まあ実際出てないんですけど、とりあえず落ち着いてから何軒か見付けてそのコピーを職場に持って行ったのであります。それでその内の二軒がお気に召したようなのですが、一軒が大のお気に入りだそうで、今度予定を合わせて一緒に見に行くと言いました。
そこでオレは思うのです。大丈夫か?と。まじか?と。今まで一切聞きませんでした。なぜなら洋平も何も言わないし、オレも聞こうとも思わなかったからです。正直に言いますと、この二人が今後一緒に居るイメージが一切沸かないのであります。学生時代、それはそれは酷いもんでした。ミッチー卒業後はまだ良かったです。仲良くやってんなぁ、こっちもほのぼのというか何というか、洋平くん丸くなったのね、と思っていました。顔付きも優しくなって、初恋って素晴らしい、とすら思いました。が、それもせいぜい三ヶ月長くて半年くらいだったんじゃないでしょうか?
一度、校門辺りで携帯で話しているのを見ました。普通、普通ですよ?「あ、俺。元気?」くらい何かこう、優しく言えばいいものを「何?無理だよ」とお前それきっつい!というようなことを平気で口から吐き出すんです。しかもその口調!オレは少しだけミッチーを憐れに思いました。
そして忘れもしない高二の夏、あっちもこっちも忙しいで会えなかったんでしょうね。会えば会ったで喧嘩していたんでしょうね。聞くのも嫌だったんで聞かなかったんですけど、目の前には肩がぶつかっただの何だので以前揉めた工業高の連中がぞろぞろ歩いて来ました。あーもうやっべーなぁ、オレは絡まれることを思ったんじゃありません。今はやめとけよ、と相手の身を案じたのです。しかしまあ、どーもどーもこの間はすみませんね、で通じる筈もなく、徐ろに睨み付けて来たのです。
「水戸洋平じゃねえか」
「何すか」
しかも今日は夕方から近所のスーパーでタイムセールがあったんです。機嫌が悪いだけならまだしも、今は確実にまずい。忠も高宮もパチンコに行ったし、オレと洋平だけでざっと十人くらい。
「急いでんだけど」
ですよね。タイムセールありますもんね。
「こっちもてめえに用があんだよ」
こいつね、キレるとまじでこえーんですよ。怖いなんてもんじゃない。その辺の道具でも何でも平気で使うし急所は躊躇なく狙うし、自分は荒れてなかったって言い張るけど絶対嘘だからそれ。オレは声を大にして言いたかったです。それでまあ、相手にはこっちの言葉なんて通じないから狂犬大暴れでオレ最後止めたからね、これ真面目な話。タイムセール始まるぞ!っつって。そしたら洋平くん、制服のシャツで血を拭いながら一言。
「あ、やべ」
足元に転がった奴らなんて目にも入っていなくて、これならまだ二十歳のおねーちゃんと付き合ってた時の方がマシだったなって思いました。正直な話。この頃の洋平は多分、世の中からバスケなんて消えろ、くらい考えていたのかもしれません。あの洋平を思い出すと、今でもぞっとします。
そんなこんなで一回駄目になって再会して現在に至るんですが、鍋を始めた時、ミッチーから電話があったんです。普通に会話をしてました。それはそれは普通に。ああ、とか、うん、とか。そんな感じで。そうしたら花道が、「ミッチー呼んでくれよ。話あんだ」って言うんです。で、呼ぶことになったんですけど、
「花道が用あるって。……うん、さあ知らねえ。ああ、勝手に入って。じゃあね」
この何というか、あっさりって言うの?素っ気ないっていうの?オレもうよく分かんねーです。これで一緒に生活すんの?って思うんです。からかいたくなる気持ちにもならないくらい、とにかく普通。オレ、仲介するんだよね?一応上司にも「また決まりそうっすわー」とか何とか、笑って言ってんだけど大丈夫だよね?
そうしたらミッチー登場です。「美味そうだなー」ってこの人は上機嫌なんですよ。でも洋平とは別に会話しないの。来た時に「よう」くらい。あとは洋平が「何飲む?」って聞いて「ビール」って返した程度。で、取り皿と箸を渡して、花道の横で今もずっとバスケの話をしてる。中がどうの外がどうの、引き抜きがあるだの何だのインサイドだの何だの。オレにはさっぱり分からない世界で、洋平に至っては忠とバイクの話をして、高宮の親父さんが修理に出した車の話をして、それが今も尚続いています。
そこで現場の大楠、ウォッチングしてみようと会話に参加しながら観察してますが、ウォッチングする意味もない気がしてきました。だって二人全然喋らねーんだもん。まじで不安だ。不安要素だらけ。結局何の会話もないまま時間が経って、ミッチーが帰るって言い出しました。え、いいの?普通あんたが泊まるんじゃねーの?
「み、ミッチー泊まんねーの?」
「お前らと雑魚寝するくらいなら家で寝る。じゃあな」
「あ、そう」
結局二人が交わした言葉って業務連絡じゃねーか。オレは思いました。何も飲む?ビール。以上!酷過ぎる。
「あ、三井さん」
「何?」
きた!ようやくきた!何かこう、オレを安心させる要素をくれ!解約を彷彿とさせない何かが欲しい!
「明日何時?」
「あー、八時くらい。電話するわ」
「はいはい」
洋平は特に見送るでも何するでもなく、鍋を未だに食べながら聞いて終了。多分明日の約束か何かの時間確認なんですかね、それだけでも良かったと言えるんでしょうか。それともオレの観察眼がないだけでアイコンタクトでもしていたんでしょうか?もう分かりません。
その後しばらくして、連中がごろんとし出しました。いびきが聞こえて、多分寝たと思います。急にスイッチが切れたみたいに寝出すんです、この方達。洋平は布団を引いて、いつ誰が移動しても大丈夫なようにしてくれました。この人、オレらには本当に優しいんです。
「花道ー。せめて布団で寝な?」
「うーん」
「大楠、ちょい足持って」
せめて花道だけでも移動しようと、洋平はオレを呼びました。甘い。花道にはとことん甘い。せめてその甘さを、いやもう何も言うまい。オレは諦めました。花道の足を持って、せーので軽く持ち上げて、二人で布団に移動させました。
「何か飲む?」
「えーっと、何あんの?」
「何だろ、ウィスキーか焼酎か」
じゃあウィスキー、そう言うと洋平は、グラスに氷を入れて、二人分作るとテーブルに置きます。それから煙草に火を点けて座って、ウィスキーを飲みました。それでオレも座ります。
「何か言いたいことあんじゃねえの?」
「え?」
「そんなに不思議か?一緒に住むのが」
げ、バレてる。でもバレてるなら好都合だ、オレは思いました。洋平は多分、聞けば答えるからです。
「お前さぁ、ミッチーのこと好きなの?」
「今更その質問?好きだよ」
オレはぎょっとしました。え、普通に答えてる。そう思いました。
「でもお前、今日何話したか知ってる?何飲む?ビール、そんだけよ?」
「俺多分、あの人相手なら三日くらい業務連絡だけでいける気がする」
「そういうもんなの?好きならもっとこう、何かあるだろ。今日だったら、泊まれば?とかこう、アレ的なアレが」
「何お前、やってるとこみてえのかよ。変な趣味だな」
「え、そういうことすんの?」
「そりゃするでしょ。じゃあ逆に聞くけどお前、好きな相手としたいとか思わねえの?」
「洋平お前、さらっと言うな。衝撃的だわ、まじで」
「お前には言える」
惚れる。これは惚れる。数々のおねーちゃん方初め、色んな人達が惚れた理由が分かる気がする。オレは思いました。そして思い出しました。
洋平は、小さい頃から寂しがり屋でした。でもそれを周囲には一切見せないで、一人で全て乗り切ろうとして飲み込んで抱えて生きてきました。だから多分、洋平が寂しがり屋だということを知っている人間は数少ない。そして、他人を受け入れている振りをしながら受け入れていないんです。決して。オレら以外を受け入れようなんて今までしなかったんです。そんな奴が、他人と一緒に生活しようとしてる。そう思える人がいる。それだけで十分だ。
オレもあいつらも、考えていることは一緒だよ。洋平が笑ってくれたらそれでいい。
学生時代からずっと、それよりもずっと前からそう思っていました。この二人はきっと、高一と高三の続きをこれから繋いでいくんだなぁ。現場の大楠、何だか泣きそうになって洋平ともう一回乾杯しながら以上です!
そして引っ越し当日、あれだけオレを感動させておいて、基本合わねーだの鍵渡してないだのモデルルームだの、やっぱり解約の予感しかしねーんだよ!オレの涙返せ!




終わり



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