短編

□くだらないの中に
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「やだって」
「何で!いいだろ」
ピザを食べて真新しい風呂に湯を張った所で、また始まった。三井は一緒に風呂に入ると言い出したのだ。しかも言い出したら聞かないので、引っ張るように連れて行こうとする。水戸は浴槽に浸かることが酷く苦手だ。すぐに逆上せるからだ。三井は長風呂だった。以前のアパートに泊まった際も、ひたすら長くて水戸は呆気に取られていたのを覚えている。
こんなんに付き合ったら間違いなく死ぬ。水戸はぞっとして嫌だと言い張るのだが、こうなると三井が引かないこともよく分かっていた。
「分かった!分かったから。今日だけな。あと、俺まじで逆上せるからすぐ上がる。それで良いだろ?」
「お前も分かるようになってきたじゃねーか」
「何が分かるようにだ。譲歩って言うの。この言葉知ってる?」
知らねー。そう返した三井は今日ずっと上機嫌だった。寝室から着替えを取りに行き、先入ってる、と言ってすぐに浴室に消えた。水戸は、まだ先でも良いだろうとリビングを片付けたりグラスをシンクに置いた。脇に高宮が置いて帰った日本酒があったのだが、半分以下に減っている。引っ越し祝いする奴が飲んでどうする、と思いながらも、水戸は彼らの変わらない陽気さに笑った。水戸はまだ飲んでいなかったから、少しだけ飲んだ。
「うま」
一口飲むと、日本酒独特の甘みと香りが鼻腔を擽る。もう一口飲んだ所で、三井の声が聞こえる。水戸は少し大きめの声を出して返事をし、着替えを持って浴室に向かった。
脱衣所で服を脱いで浴室に入ると、その空気だけで嫌になる。今日が寒いならまだしも、良い陽気だったのだ。とっとと洗って上がりたい、そうは思ったけれど、譲歩譲歩、と念仏のように心の中で反芻する。三井は既に浴槽に浸かっていて、気持ちーなー、と更に上機嫌だった。譲歩譲歩、水戸はまた、そればかり考えていた。
体と頭を洗い、水戸も浴槽に浸かった。本当に広々としていて、二人で入っても十分な広さだった。湯の温度は四十一度に設定されていて、水戸にとっては暑くて暑くて仕方ない。
「あんたと合わねえこといっぱいあるよ。今でも」
浴槽に体を預けながら言うと、水戸の目に濡れた三井の髪の毛が目に入る。
「オレもだよ」
三井は笑った。
「実家にはもう戻る気ねえの?」
「そりゃたまには顔見せるかもしんねーけど」
口籠もって小さく三井は言った。別に遠慮することねえのにな、と水戸は思う。三井の家庭と水戸のそれは違う。生い立ちも環境も。僻みではなく素直にそう感じる。それでも三井は、水戸と居ることを選んだ。
「好きだよ」
水戸は呟くように言った。なぜか今、急に言いたくなった。言わなくてはいけない気がした。目の前の人はぎょっとした顔をして、その後じろじろと水戸を見詰める。
「もう無理。まじで逆上せるから上がる」
「待った!」
「はあ?すぐ上がるって言ったろ?」
三井は水戸に近付き、口付ける。もうほんと無理、逆上せるし待ったとか言うし、この人に付き合ったら死ぬ。
「なんかお前可愛い」
「何が?」
「すぐ逆上せるってほんとだったんだな。顔真っ赤」
可愛い、三井はまたそう言って口付けた。バカにしてる、水戸はそう思った。その口付けは段々深いものになっていく。三井の舌が口の中に入り、動き出した。自然と水戸も応えるけれど、暑くて頭がくらくらして、呼吸も上手く出来ない。水戸は息が上がった。
「だから俺、そういう趣味ねえんだって」
「ちょっとだけ」
「何がちょっとだよ」
浴室は音が反響してか、声も水音もよく響いた。浴槽に張った湯の揺れる音が、体が動くと聞こえる。三井は水戸を抱き締めて頬に口付けた。普段されている側の三井がするのは珍しく、その上暑くて頭が回らなくて水戸はされるがままにしていた。逆上せる、そう言っておいた水戸の言葉など多分、三井はもう忘れた振りをしているに違いない。
濡れた髪が時々当たり、水戸は目を細めた。また三井が口付ける。そして、水戸の物を扱き始めた。水戸は驚いて思わず声を荒げた。
「おまっ!人の話聞いてねえだろ!」
「聞いてる」
「そういうのを聞いてないって言うんだよ」
言った所で三井は勿論聞く耳など持っておらず、自分の物も一緒に擦り合わせ始めた。バカだこいつ、やっぱりバカなんだ。水戸は思う。そして、やっぱり合わねえ、とも思った。互いに擦られると、小さな波が来るように浴槽の湯が揺れる。それと一緒に、頭がぼんやりしてくらくらと揺れた。暑くて逆上せて、三井の物と一緒に擦られて、気持ち良いのか悪いのか、もう水戸には分からなくなる。とにかく力が入らなくて三井の肩に頭を預けた。自分の上がる息と三井の息遣いが耳に届いて、そこがぞくりとする。こいつ後で絶対やり返す、そう思いながら不意に、大楠が二人の生活を不安がっていたことが脳裏に過ぎる。
大丈夫だよ。お前はこういうの知らねえから。
水戸は自分をおかしいと思った。これじゃ惚気だ、そう思った。この人がおかしなことをするからだ。人の話も聞かずお構いなくはじめて、湯が揺れて頭が揺れて、暑くて逆上せてどうにかなりそうだ。
「水戸」
「なに」
「入れて」
「バカじゃねえの?無理。死ぬ」
「今なら死んでもいいかも」
そう言った三井と目がかち合い、この人やっぱりバカなんだ、水戸はそう思った。今日何度そう思ったか分からない。分からないけれど、自分もそうだと思ったら笑えてくる。
「ちゃんと持ってろよ。後でしてやるから」
本当に暑かった。早く上がりたいと思った。それなのに指が動いて、三井の後ろを攻めた。掻き回す度、三井は声を上げる。それに集中するせいか、三井の互いの物を扱く手が緩んでくる。水戸は手を重ねて二人分上下に動かした。この人のこんなとこ見慣れてる、知っている筈なのに、水戸は酷く興奮した。声が響いて湯が揺れて、それはとても扇情的で、それなのに頭の中は違うことを考えている。
お前が言う覚悟ってこういうことなんじゃねーの?
再開した時、水戸は「覚悟決めろ」そう言った。あれから二年近く経っている。その覚悟が今から始まる生活なら、それで十分だと水戸は思う。
暑くて気持ち良くて、頭の中の螺子が飛ぶ。三井が呼んだ。水戸、水戸、と何度も呼んだ。イキそうなんだな、とすぐに分かる。直前になると、三井は水戸の名前を呼ぶのが癖だった。可愛いのはあんただ、言わないけれど水戸は思う。また目が合って、それを合図に口付けた。俺も今なら死んでもいい、と夢見がちなことを考えるなんて馬鹿げている。




湯船から上がった水戸は、辛うじて着替え、お高いらしいソファの前に置いてあるこれもまたお高いらしいローテーブルに突っ伏した。もうまじで死ぬかも、そう思いながら冷えたテーブルが心地良くて、そのまましばらく突っ伏したままでいた。斜め前には三井がビールを飲みながらテレビを見て笑っている。音だけを聞く限り、お笑い番組ではないかと思った。人の事などお構いなく笑っている姿を見ると腹が立つやら受けて立った自分が情けないやらで、何とも微妙な気分だ。
やっぱり合わねえ、つーかもう風呂で絶対しねえ、バカじゃねえの、俺も。
「一緒に風呂もいいもんだろ?な?」
「良くねえよ、どこをどう見たらそう思うんだよ」
「お前まだ真っ赤だよ。普段見ねーから可愛いな」
「バカにしてんだろ」
「してないしてない」
その時、冷えた何かが頬に触れた。それは三井が飲んでいる缶ビールを、水戸の頬に当てたようだった。飲みたいと思いながらも今飲んだら吐く、としか思えなくて、清々しく飲んでいる三井が今は憎々しい。
何度も思う。この人とは合わないと。
「これが生活ってやつか」
「何の話だよ」
「何でも」
それでも明日に続いていく毎日を待ち望んでいることも、水戸は嫌というほど分かっていた。
海の見える市営アパートから始まったおかしな関係が、ここまできた。聞きたくもない金額のローテーブルに額を擦り付け、水戸は一人笑う。





終わり。


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