短編

□所詮綺麗事でも
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空いている部屋の駐車場に車を停め、水戸が先に降りてシャッターを下ろした。こういう仕組みのラブホテルは初めてだった。なるほど、と妙に納得しながら、水戸が歩く後ろを付いて歩いた。階段も、コンクリートの壁で一つ一つ仕切られていて、それを上がると部屋に繋がっている。ドアを開けると、入室の機械音が鳴った。間抜けなその音は耳を難なく素通りして、水戸がスニーカーを脱いで部屋に上がり、オレもサンダルを脱いで上がった。
ベッドとテレビと、何の変哲のない部屋だった。空調はしっかり効いていて、寒いほどだ。
「三井さん、先にシャワーして良い?今日すげえ汗掻い……」
言い終わる前に口で塞いで、そのまま押し倒した。体重が掛かってベッドが揺れる。オレが水戸を押し倒して見下ろしている。その珍しい光景がどうしようもなくオレを煽る。
「もうどうでもいい。早くヤりてーんだよ、オレが」
「いや、まじで汗臭いと思うんだけど」
「初めてヤッた時さあ、鍋食った時。オレ部活の後でまじ汗臭かったと思うんだよな。シャワーも浴びずにヤッたんだよ、いい勝負だ。覚えてねーの?」
「はは、酷かったね」
「悪かったと思ってねーだろ?」
「あの時は興奮したな」
「ふざけんなよ」
「三井さんが訴えたら俺が百パー負けるね」
よいしょ、水戸はそう言うと、足を引っ掛けて簡単にオレをひっくり返した。両手首を捕まれ、今度はオレが見下ろされる。掌に力が篭り、手首の圧迫が酷くなる。水戸の目が変わる。五年近く見ていなかった水戸のこの目に、背筋が粟立った。唾を飲み込む、その音さえ、自分の頭に響いた気がした。
左手首が急に楽になった。水戸の手が外れ、その指がオレの顔を撫でる。唇を撫でる。その感触を味わうだけで、体が震える。芯が熱くなる。
「余裕に見えた?」
「え?」
「よく聞くよな?何でそんなに余裕なんだって」
「だってそうじゃねーの?」
オレはもう、余裕なんて何もない。早く触れて欲しくて体中が疼いて仕方ない。
「そんな訳ねえだろ、ずっと触りたくて仕方なかった」
唇に触れていた指が、首に触れる。少しだけ力が入ったのが分かった。呼吸がし辛い。空気が揺れる。こういう癖も変わっていない。
「あんたが好きで好きで、もうどうしようもねえよ」
頭の中が真っ白になるってこのことだ、そう思った。それを合図に水戸の頭を引き寄せて口付け、舌を絡ませる。互いに絡む舌からどちらのものか分からない唾液が伝った気がした。
水戸と終わってから、オレは一人で何度もした。数え切れないほどした。その指や舌の感触を思い出して、吐き出しては呆然として虚しくなった。こいつもそうだったら良いのに、聞きたかったけれど、それはもう声にならなくて喘ぐしか出来なかった。オレは一度すぐに果てた。今まで想像していた指と違う本物のそれは、覚えているのか簡単に弱い所を探る。水戸の手は学生の頃とは違い、もっと頑丈に見えた。体も少年らしさがなくなってより一層無駄がなくなっていた。見ているだけじゃ足りなくて、ひたすら触れた。水戸だ水戸だ、そう思いながらとにかく触った。
後ろを掻き回す指も、最初は痛かった。いてえ、と言った。割と大きな声だった。それを見て水戸は笑う。嘲笑されている気がした。水戸はよく、痛いの好きだよな、と言った。嫌いじゃない、嫌いじゃないけど、それは相手が水戸だからだ。その目にぞくぞくして、我を忘れるからだ。水戸がこういう顔をする時、優しくなくなる時、それは溺れている時だ。水戸が溺れているのはオレだ。オレにだけだ。
指を外されて思い切り打たれた。腰を掴んで突かれた。水戸の息遣いが荒くなる。短く息を吐いて、何度も何度も、何度も突いた。その度にオレは、声にならない息が上がる。その内、腰を掴んでいた手が外れる。かと思ったらきつく抱き締められた。それからまた、好き、と言った。耳元でうわ言のように名前を呼んで、好き、と言う。返したかったけれど、言われた場所が騒ついて、痛くて気持ち良くて、声にならない。
覚悟決めろ。不意に水戸の言葉を思い出した。好きだなんて言うからだ。何度も何度も言うからだ。水戸の言う覚悟、それが一生続くと誓うなんて綺麗事を言えるほど若くもないし、あれを跳ね除けて一人で居ることを選択するほど年を重ねてもいない。水戸もそれは、十分過ぎるほど分かっていているだろう。それに多分、もしオレが誰かと結婚すると言えば、水戸はあっさりと身を引く気がした。きっと間違いじゃない。それを想像するとゾッとした。言いたくないと思った。今、とにかく今、水戸が居ないことの方が無理だった。
オレはもう、水戸が居ないと駄目なんだ。




何度目かで意識が飛んだ。気が付いたら冷蔵庫を開ける音が遠くで聞こえた気がする。うっすら目を開けると、水戸が腰にバスタオルを巻いて、ビールを飲んでいた。髪の毛が濡れている。風呂に入ったんだと思った。ビールを飲んでいるということは、泊まる訳だ。良かった、今から帰るとか言われたら絶対無理だ。体が起こせない。
「水戸……」
「あ、起きた?」
「オレにも」
「ああ、はい」
近付いてビールを差し出されるも、起き上がれないのだ。だからさ、起きれねーんだよ、辛いの体が。
「起きれねー」
「めんどくせえな」
出た出た、お得意のめんどくせえ。これ言われ過ぎて雑音みたいにしか思えない。しかもオレの目の前でビールを呷る。くそ憎たらしい。と思っていたら水戸の顔が近付いて、冷たい唇をが触れる。そのまま液体が口の中に入り込んだ。頬に伝ってシーツが濡れる。
「ぬるい。まずい」
「文句言うなら起きて飲め」
こういう所も変わっていなかった。これは夢じゃない。現実だ。
「水戸、お前さー」
「何?」
「もう一人でどっか行くなよ?」
お前が絶妙なタイミングだと思った時、オレには最悪なタイミングだったんだよ。
覚悟なら、今あるこの気持ちで十分おつりが来るだろ?
所詮綺麗事でも。







終わり


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