短編

□もしかして初恋?
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見慣れた階段を上がる。三階までは結構キツい。部屋の前に着く頃には息が上がっている。それも毎回。煙草やめっかなー、と一瞬だけ考えたけれど、それはすぐに振り払われた。やめられる訳なかった、と思い直す。一段一段階段を上がる度、色んなことを考える。原チャリはあったから洋平は居るはずだ。
今日は渡す物があって来た。渡すというか貸すというか、俺達の間では観たら回すのが恒例行事みたいになっている。行事っていうのか何なのか、そこはよく分からない。俺がこれを持って行った所であいつが言うのは、おうサンキュー、もしくは、他のが良かった、という文句、そのどちらかで終わるだろう。まあ、これを貸す貸さないは口実で、要は様子を見に来ただけだった。花道も居ねーしなぁ。
階段はまだ続く。なげーよマジで、と何度も来ているのに未だに思う。洋平は最近、少しだけ変わった。上手くは言えないけど、変わったと思う。表情が柔らかくなった。張り詰めた空気が少し消えた。花道が居なくても、俺らが居なくても、一人で居る時の空気が軽い。本気の女でも出来たか?と最初は考えたけれど、多分違う。女じゃない。原因は分かるような分からないような。とにかく女じゃないことは確かだ。
あいつは何か、女が出来ると余計にピリピリする。洋平は基本真面目だから、誘われればバイトさえなければ必ず会っていた。でも洋平が付き合う女は大概、段々執着が酷くなってくる。らしい。そんでそれが面倒になってくる。らしい。らしい、というのは無理矢理聞き出した時にそんなことを言っていたからだ。洋平はあんまり、自分のことや付き合っている女のことを話さない。こっちが聞けば話すけれど、自分からは絶対に言わない。その中で、何でそんな女に手を出すのか、出さなきゃいいのに、と毎回思っていた。中三の時、あんまりピリピリしていたので聞いたことがあった。何が気に入らねーんだよ、と。すると一言。
疲れる。
こう言ったのだ。言い放ったのだ、ヤツは。お前はどこのおっさんだ、そう思った。普通中三の健全男子が誰かとお付き合いをすれば、そりゃもうヤッただのヤッてないだの、そういう下世話な話で盛り上がる筈だ。それなのにあいつは疲れる、そう言ったのだ。何か色々心配した。逆に不安になった。お前大丈夫か?と裏側では思っていた。確かその時付き合っていた女は、五歳年上のおねーちゃんだった。五歳年上ってことは、二十歳だ。俺は妄想した。それはそれはめくるめく妄想をした。鼻血が出そうだった。そんなに疲れるなら回せよ!と言ったくらいだ。するとこうだ。
お前ダチと兄弟になるって嫌じゃねえの?人としてどうよ、それ。
と、心底呆れた顔をして言った。しかも盛大な溜息を付けて言ったのだ。あの顔は今でも忘れない。憎たらしい。大体お前まともなこと言ってるつもりかもしんねーけど全然言ってねーかんな!疲れるくらいなら別れてやれ!それこそ人としてどうなんだよ!と言い返してやった。大体何に疲れんだよ二十歳のおねーちゃんと付き合ってて何に対して疲れることがあんだよ!そう思った。多分言った。それでも洋平は、とにかく面倒臭いと言ったのだった。それで結局、すぐに別れた。
あいつは多分、女と付き合うのには向いていない。執着が酷くなるのは多分、相手を寂しくさせるからだ。今なら分かる。だってあいつは、俺らとつるんでいる時の方が、よほど良い顔をして笑う。そんで最近の洋平は、もっと良い顔をするようになった。それが俺は、すっげー嬉しい。それが誰かの影響なら、もっと。それが誰なのか、検討はついていた。確信はない。それは女じゃない。その人とどういう付き合いなのかも知らない。あいつが話さない限り、聞く気はない。
アパートの前に来てインターホンを鳴らす頃には、やっぱり息が上がっていた。あー疲れた。一つ深呼吸をして息を整える。一度鳴らしてもなかなか出てこない洋平に痺れを切らし、もう一度インターホンを押した。
「洋平ー、俺ー!」
その直後、ドアが開く。
「うるせーよ大楠、何回も鳴らすな」
「なかなか出て来ねーからよー」
「掃除してたんだよ。上がれ」
「相変わらず所帯染みてんなぁ」
ほら今日も、何か柔らかい顔してんだよなぁ。玄関で靴を脱ぎ、洋平の後に続いて歩いた。リビングに入ると、本当に掃除をしていたらしく、窓が全開になっている。快晴が目に入り、眩しくて少し目を細めた。緩く入ってくる風が心地良くて、カーテンが揺れているのを何気なく眺める。
「今日バイトは?」
「昼から。お前コーヒーで良い?ちょうど飲もうと思ってたからついでに」
「おう、サンキュー」
コーヒーを受け取ろうと、台所に行った洋平に続く。そこからカレーの匂いがした。カレーだ。間違いない。
「カレー?」
「ああ、さっき出来た。食う?」
「食う!」
聞いて驚け。洋平のカレーはすげー美味い。ばあちゃん仕込みで、とにかく美味いのだ。となると、カレーにコーヒーは合わない。すると洋平は、コーヒー後だな、と言って冷蔵庫を開けた。それからコップを出して烏龍茶を入れる。洋平は大体烏龍茶を作って冷蔵庫に入れている。何というか、基本的に真面目で優しい奴なんだよな、と改めて思う。一人頷きながら様子を見ていた。皿に飯をよそって、カレーをかけている。鍋を覗くと、まだかなりの量が残っていた。
「結構な量だな、誰か来んのかよ」
あ、やべ。そう思った。普通に聞いちゃったよ俺。
「んー?ミッチー」
「……へえ」
「何だよ、その間は」
「いや、昼休みとか屋上でよく話してるし、仲良いよなーって」
「悪くはねえなあ」
洋平は至って普通だった。そう、普通。座ってろ、と言われたのでリビングに移動する。テーブルに肘を付き、勝手にテレビを点けた。騒がしいバラエティ番組は耳を素通りして、点けた意味なんてない。ぼんやりする体を緩く風が撫でた。目を閉じていると、カレーの良い匂いが鼻を掠める。目を開けると、カレーライスと烏龍茶が置いてあった。いただきまーす、と言うと、洋平は何も言わずに斜め前に座った。
「お前は?食わねーの?」
「さっき適当に食った」
「ばあちゃん元気?」
「元気過ぎるよ」
「そりゃ何よりだ」
「そういやお前、何か用あったんじゃねえの?カレー食いに来た訳じゃねえだろ」
そうだ。メインをすっかり忘れていた。持って来ていた紙袋から一本のビデオを取り出し、テーブルに置く。
「忠から回ってきた。お前好きそうだし置いとくわ」
「何?また年上の縛って虐める系?」
「それそれ」
「さすがに飽きてきたなぁ、違うのねえのかよ」
笑って言う洋平を見て、文句言うな見とけ、と俺も笑う。そのうち煙草に火を点ける。洋平の煙草の煙がゆらゆらと舞った。俺はカレーを食べ始め、やっぱり美味くて、そりゃもうがっつり食べた。食後にコーヒーも飲んで、俺も一服する。洋平がバイトに行く時間になったので、一緒に外へ出た。じゃあな、と言ってお互い別れて、暇だからパチンコでも行こうと決める。とにかく気分が良かった。空は快晴、カレーは美味かった、こりゃ勝てそうだ。そう思った。
そして週明けの月曜、昼休みに屋上へ行くと、フェンスに凭れて洋平とミッチーが話しているのが見える。洋平が気付いてこっちに手を上げた。ミッチーは学ランのポケットに手を入れて、俺達を見て笑っている。それからまた洋平を見て何かを話し出した。洋平もミッチーを見て笑う。その表情は柔らかくて穏やかで、ああそうか、と気付いた。
二人がどういう付き合いだとか何だとか、そんなのは本当にどうでもいいんだ。例えばもしそういう関係だったとしても俺も他の奴らも絶対、軽蔑なんてしない。だってあんな洋平見たことないし、あんな顔すんの?って、それをさせたミッチーを逆に尊敬すると思う。
まあ認めなさい洋平くん。君、かなり遅咲きの初恋だからね。
とにかく俺もあいつらも、思ってることは同じだよ。洋平が笑ってさえいてくれたらそれで良い。心の底からそう思う。




終わり


恋にまつわるお話第二弾。バレてるのかバレてないのか瀬戸際っていうかバレてるんですかね、これ。でも洋平は絶対自分からは言わない!これ絶対!
自分設定で申し訳ないんですが、大楠は大人な人だといいなと思って書いてみました。軍団連中は洋平の家庭の事情を大体知っています。喧嘩も強いし頭も良い、隙もないし全てをそつなく器用にこなす洋平ですが、軍団からしたら感情部分が一番危なっかしい存在だったら良いなぁ、そんな妄想を書いてみました。

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