短編

□報われない鳥の唄
1ページ/1ページ


その日は仕事が終わってから、彼女であるゆいと待ち合わせをした。付き合い始めて二週間、実際に会うのは初めてだった。それまでは専ら電話かメールでのやり取りだった。彼女からのメールは酷く端的だった。そして淡々と文字を綴っていた。絵文字など一切なく、仕事お疲れ様、から始まり、今度はいつ暇ですか?等々、それは女性らしさなど一切なかった。ただそれは、水戸からしたら付き合いやすかった。水戸はといえば、メールそのものが苦手だった。だから仕事が終わってから電話を掛けた。彼女はそれに対し、「洋平の返信は電話なんだね」と笑っていた。その流れから土曜日の仕事が終わった夕方、彼女と待ち合わせた。そのまま彼女は助手席に乗り、ゆいが行きたいという店に行った。パスタが美味しい店、なんだそうだ。水戸は特に、食事に対してこだわりはなかったからどこでも良かった。そういえば、三井とはラーメン屋か定食屋か、それくらいしか行ったことがない。けれどもあの人は「パスタが美味しい店」をきっと好きなのだと思った。もっとも、彼とはもう行くこともないのだろうけれど。何の気なしにルームミラーで後部座席を見ると、座敷童子が座っている。今日は居る日か、水戸はそう思った。
食事を済ませ、車に乗る前に煙草に火を点けた。彼女は「いいのに」そう言った。きっと車で吸えば良いのに、ということだろうと思った。けれども水戸自身が憚られ、「いや」と言ってかぶりを振った。煙草を吸い終わるまで、ゆいは近くに居て、水戸に雑談をしていた。美味しかった、ありがとう、そう言って笑っていた。水戸は遠くを見た。駐車場から遠く遠く、その先を見た。どことなく所在無い感覚が纏わり付いて、煙草の火を消した。秋の終わりだった。
「ばあちゃん家の匂い」
「え?何の話?」
「秋の終わりの匂い」
「はは、何それ」
よく笑う子だと、水戸は思った。その後、ゆいのアパートに誘われた。やるのかな、水戸はそう思った。まあいいや、とも思った。どっちでもいい、と。というより、どうでもいい、が一番近いのかもしれない。彼女のアパートは1Kの、小綺麗に片付いたシンプルな部屋だった。けれども、ファッション誌だけは程よく積まれていた。彼女はアパレル会社の事務職に就いていた。事務だから土日は休みだけれど、自社の製品は必ずチェックしているそうだ。服は好きだけど販売は向いてないし、彼女はそう言った。かもね、と返すと、ばつが悪そうな顔をする。こういう所が、女性は狡いと思う。
その後はそういう流れになり、ベッドに入った。触れるとやはり、女性特有の柔らかさがあった。それに水戸は、いつも違和感を感じる。触れれば濡れるし、簡単だった。それなのに感じる違和感は、何をしても拭えなかった。三井との関係の長さより、女性を抱いていた期間の方がずっと長い。その上、本来男の体はそういった行為を受け容れるように出来ていないのだ。けれども何をどうしても、いつも妙な違和感が水戸の体中を蔓延していた。
ゆいをイかせながら、その向こう側に三井が見える。ぼんやり突っ立っていて、じっと二人を見下ろしていた。良かった、水戸はそう思った。お陰で今日は普通に出来そうだ、と。彼らを見詰める三井を見ながら、水戸は思う。ああでも。
「ごめんね」
「え?」
「やりたいんだけどゴムがないから」
出来ねえや、そう言って水戸は笑った。するとゆいは、唖然として水戸を見る。
「え?まじ?」
「なんかすみません」
「じゃなくて、ちゃんと避妊する人なんだ」
「そりゃするでしょ。困るのは女の子の方だろ?」
「でも元カレもその前もずっと外出しだったよ。あ、ごめん。嫌だよね、こんな話」
「いや」
気持ちはまあ分からんでもない。水戸はそう思った。実際、三井相手の時は避妊具など付けたことがなかった。余裕がなかったと言えば一通りは言い訳として出来上がるかもしれないけれど、そうじゃなかった。ただ、付ける気がなかっただけだ。彼はよく、水戸に「デリカシーゼロだな」そう言った。あんた相手にはそうかもね、水戸は俯いて口元を緩めた。ゆいから目線を外すと、未だに三井は居た。口を結んで何も言わず、ただじっと水戸を見ている。その目は意志を持っているようにも見えたし、虚ろにも見えた。そこで見てろ座敷童子。
「まあ、外出しは避妊じゃねえって話だな。そんな男別れて正解だよ」
俺然り。それは言わなかった。心の中で呟いた。
「だからね、うちにあるの。箱ごと。笑えるでしょ?」
そう言って屈託無く笑う彼女を素直に可愛いと思った。このまま好きになれるのかもしれない、そう思った。その日は最後までした。喘いでいる彼女の向こう側には、やはり三井が立っていた。水戸は目を閉じた。目の奥には三井が居て、引っ切り無しに鳴いていた。ぎゅっと抱き締めながら突くと、また鳴いた。好きな箇所を探り当てるのが好きだった。自分の下で鳴く三井が好きだった。わざと外すと違うと言った。それも好きだった。違和感も何もなく、ただ欲しかったから彼を抱いた。
そこでようやく、触れる柔らかさにぎょっとして目を開ける。向こう側にはもう、彼は立っていなかった。
今日はどうも、お世話になりました。水戸は誰に言うでもなく、ただそう思った。






終わり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ