宝物

□どうしようもなく好きなんだ
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此処に帰ってきたのは何年振りになるだろうか。
俺はすぅっと大きく息を吸い込んだ。

長い間各地を旅して周っていたから、故郷の町がとても懐かしく感じる。

あぁ、俺は帰って来たんだ・・・としみじみ思いながら、目的地に向かって歩き出す。


もう直ぐ目的地に着くという所で、ふと、急に俺の後ろから誰かの気配がした。


「どうして?」

若干戸惑うように聞こえてきた微かに震えた声。

この声を俺が聞き間違うはずがねぇ。
この声は間違いなく・・・

「クリス」

後ろを振り返ると、そこには俺が思っていた通りの人物が居た。


かつて少女だった彼女は数年の月日と経て、もう立派な成人の女性となっていた。
しかし美しく整った顔つきの中にも昔のあどけな差が微かに残っていた。

そんな目の前の彼女は、戸惑いを隠し切れないようで唇が震えている。

「どうして、貴方が此処に・・・?」

「帰ってきたんだ」

昔よりも更に小さく感じる彼女を見下ろしながら、この一言だけ告げる。

「そう・・・」

長いまつげを伏せ、ポツリと呟くクリス。
彼女の俯いた表情からは何も分からかった。

そしてそれ以上、クリスは何も追求してこなかった。

「久しぶりね」

今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべるクリス。

そんな彼女を見たくなくて、ずっと胸に秘めてきた想いを真っ直ぐぶつけた。

「俺はお前が好きだ」


当のクリスは特に驚いた様子も無く、ただ淡く微笑んだだけだった。

「私も貴方が好きだったわ・・・でも、ごめんなさい。もう貴方の気持ちに答える事は出来ないの」

「・・・どうしてだよっ」

必死で搾り出した声は擦れていたけど、そんな事気にしてられる程の余裕は今の俺にはない。

そんな俺に向かって、まるで駄々をこね続ける子供に言い聞かせるように、クリスは優しく俺に語り掛ける。


「ねぇ、ゴールド。私はもう・・・」


この時なぜか俺は、これ以上は聞いてはいけないと直感で感じ取った。

だが俺の体は鉛にでもなったかのように全く動かない。


そんな俺を知ってか知らずか、淡々と話を続けるクリス。

「他に好きな人・・・私にとって、かけがえのない人がいるの」

幸せそうにはにかみながら、宝物を言うみたいに大切そうに、そっとクリスは言う。


一方で真実を聞いた俺は頭の中が真っ白になった。


信じれなくて、諦め切れなくて・・・
俺は真実から目を背けたかった。

「お前を愛してんだッ!おい、クリスタル!!」

傍から聞いたら恥ずかしいであろう台詞を、俺は大声で必死に叫ぶ。

「・・・もう、遅いのよ」

クリスは俺を真っ直ぐ見つめ、静かにけれどはっきりと断言する。

クリスの瞳からは揺ぎ無い決意が感じ取れた。
更に追い討ちをかける様に、クリスの左手の薬指には光る指輪がはめられていた。

それら全てのモノは、クリスが俺をきっぱりと拒絶しているようで・・・


視線を俺から逸らし、俯きながらもう一度、消え入りそうな声でクリスがポツリと呟く。

「待ってあげられなくてごめんね。でももう遅いの、ゴールド」


再び顔を上げた彼女は無表情で俺を見つめる。

そんな彼女に向かって俺は無意識に手を伸ばす。





「クリス!!」


気が付くと、視界には見慣れた俺の部屋の天井。

「夢かよ・・・」

伸ばしていた腕を引っ込め、ゆっくりとベットから起き上がる。
寝る時に着ていたシャツは、汗でぐじょぐじょに湿っていて気持ちが悪かった。

憂鬱な気分になっていると、ふとさっきの夢での光景が頭の中に浮かんだ。


「あーあ、胸糞悪ぃな・・・未練がましいにも程があるっつーの。ほんと情けねぇな、俺」


自己嫌悪していると、懐かしい写真が目に留まった。

まだ旅立つ前の頃、3人で過ごした幸せだった頃に撮った写真。
俺もクリスもシルバーでさえも、全員笑顔で幸せそうにしていた。

けれど今は・・・

「・・・夢の中でさえ、お前はもう俺に笑いかけてくれないんだな」


幸せだったあの頃がとても懐かしく感じる。


なぁ、もし俺が旅なんかに出ずにそのままお前の傍にいたら、今とは違う未来だったんだろうか。

本当にバカだな、俺。
大切なものを失ってから気が付くなんて。


「好きなんだよ、クリス・・・」


一粒の涙がスゥッと頬を伝った。
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