短編

□たった一言だけ
1ページ/1ページ

あの時、ゴールドが何て言おうとしたかなんて、私には分からない。
それでも、たった一つだけ言える事がある。
私は貴方の口から・・・

アルセウスとの戦いから数日後。

漸く育て屋の所から開放された俺は、シル公にある事についての相談を持ち掛けていた。
「なぁ、シル公よぉ」

「・・・何だ」

余程面倒くさいのか、少し間を空けて返事をしたシル公の顔は、何時にも増して眉間にしわが寄っていた。

だが俺はそんな事は気にせずに、気になっていた事を単刀直入にシル公に聞く。

「お前はクリスのあん時の服装、どう思った?」

そう、これはあん時の戦いの間、ずっと気になっていた事だ。

クリスの普段の格好と言えば、大抵動きやすそうなラフな格好が多い。
それが今回に限っては、クリスにしては珍しい服装だったから驚いた。

「あぁ・・・あの格好は、クリスの母親が無理矢理クリスに着せたらしいぞ」

「ふーん、そうなのか・・・って、何でお前がそんな事知ってんだよ」

危うくそのまま聞き流しそうになったが、寸前の所で重大な事に気が付いた。

何故シル公が、クリスのあの格好の真意を知っているんだ?
聞きたいことは山ほどあったが、それはシル公の手で制された。

「落ち着けゴールド。俺は少しの間、クリスと共に行動していた際に本人から聞いただけだ」

「で?」

「その時のクリスはいつものアイツらしくも無く、軽くパニックに陥っていた。それと、」


「    」

「・・・ッ」

シル公の言葉を聞いた俺はすぐさまクリスの元へと向かうべく、勢いよく立ち上がる。

シル公は俺の行動に特に驚いた様子もなく、むしろまたか。と呆れているようだ。


去り際シル公に礼を言うと、呆れながらも口元に軽く笑みを浮かべながら見送ってくれた。


「あら?ゴールド、何か用?」

研究所を除くと、予想通りクリスが仕事をしていた。

辺りを見渡しクリスしか居ないことを確認すると、俺は研究所の中に足を踏み入れる。
そんな俺の一連の行動を、クリスは不思議そうな顔をしながら見てきた。

「あぁ約束を守りに来た」

「約束?私、貴方と約束なんてしたかしら?」

本当に心当たりが無いと言った感じでクリスは首を傾げる。
この様子だと、あん時のことはすっかり忘れちまっているらしい。

「忘れたとは言わせねーよ。山ほど聞かせてやるっつったじゃねーか」

ここまで言えばクリスも思い当たる節があったらしく、見る見るうちに顔が赤くなっていった。

しかし思い出したのは良いが、あん時みたいに蹴りを食らうのは勘弁したい。
流石捕獲の専門家だけあって、足のキレが半端じゃなかった。
ある程度は手加減してくれたんだろうが、それでも結構痛かったのを覚えている。出来ればもう二度とあの体験はしたくない。

そこで俺は、クリスの隙を突いてソファーの上に倒しその上に跨った。
まぁ簡単に言うと、クリスを押し倒したっつー事だ。

そんな俺の突然の行動に、クリスは目を見開いて俺を見上げてくる。

しかし先程のやり取りを思い出したのか、プイッと顔を俺から背けた。

そんなクリスの態度に少しカチンと来てしまい、思わずムキになってしまう。

「こっち向け、クリス」

「嫌っ」


何十回めのやりとりになるんだろうか。

頑なに俺の方を見ようとしないクリスに痺れを切らし、無理矢理こちらを向かせる。

「どうせ貴方の事だもの。似合ってないって笑い飛ばすつもりでしょう」

いつもの呆れ顔で言うクリスだが、その声をよく注意して聞いてみると、少し震えていて若干悲しみが含まれているように聞こえた。

「ちがっ俺は・・・」

そこまで言い掛けてハッと我に返り、これじゃぁ駄目だと思い、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

「からかわねーよ。あん時のお前の格好、スゲー似合ってた」

「ッ!」

クリスが息を呑んだのが分かった。
俺はそのままクリスを真っ直ぐ見ながら、思ったことを全て正直に口に出す。

「マジで可愛かった。正直見惚れちまった。」

あー、マジで恥ずかしい。
こんなの俺のキャラじゃねぇのは百も承知の上だ。
でもここで妥協したら一生言えねぇ気がする。
グッと歯を食い縛り、羞恥心に必死に耐えながら言葉を紡いでいく。

「嘘・・・」

「嘘なんかじゃねーよ、本当のことだ」

信じられない、と言う顔で戸惑いを隠し切れないクリスは、不安そうに俺を見る。
そんなクリスの右の頬に手を添え、真っ直ぐにクリスを見つめた。

「だから、出来ればまた着て欲しい」

そこまで言った所で、クリスが不意に視線を逸らす。

「・・・本当に似合ってた?」

憂いを帯びた顔でクリスは俺に問い掛けてくる。
俺から視線を逸らしたまま、クリスは尚も言葉を紡ぐ。

「あのね私、貴方の口から似合ってないって聞くのが怖かったの」

バカみたいな理由よね、と自嘲の笑みを浮かべるクリス。

「バカなんかじゃねーよ。まぁ確かにお前にしちゃ珍しい格好だったがよぉ」

クリスの瞳が不安そうに揺れているのを見て、思い切り抱き締めたい衝動に駆られたが、グッと堪える。
まだ駄目だ。もう少し我慢しろ、俺。
溜め込んでいた息を吐き出し、再びクリスと向き合う。

「スゲェ似合ってたし、可愛かったっつーのは事実だ」

「・・・ゴールド」

「でもそんな格好するんなら、出来れば俺の前だけにして欲しい」

スゥと大きく息を吸って吐き出す。

唖然としているクリスの顔を真っ直ぐ見据え、長年秘めていた想いを口にする。

「好きだ、クリス」

嘘偽りなく、真っ直ぐに自分の思いをぶつけた。

暫しの間無言だったクリスが、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。

どうか俺の期待する答えでありますように。と願いながら、クリスが口を開くのをジッと待つ。



そして、その口が開いて言葉を発した瞬間、俺は幸福と喜びで包まれた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ