短編
□たった一言だけ
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あの時、ゴールドが何て言おうとしたかなんて、私には分からない。
それでも、たった一つだけ言える事がある。
私は貴方の口から・・・
アルセウスとの戦いから数日後。
漸く育て屋の所から開放された俺は、シル公にある事についての相談を持ち掛けていた。
「なぁ、シル公よぉ」
「・・・何だ」
余程面倒くさいのか、少し間を空けて返事をしたシル公の顔は、何時にも増して眉間にしわが寄っていた。
だが俺はそんな事は気にせずに、気になっていた事を単刀直入にシル公に聞く。
「お前はクリスのあん時の服装、どう思った?」
そう、これはあん時の戦いの間、ずっと気になっていた事だ。
クリスの普段の格好と言えば、大抵動きやすそうなラフな格好が多い。
それが今回に限っては、クリスにしては珍しい服装だったから驚いた。
「あぁ・・・あの格好は、クリスの母親が無理矢理クリスに着せたらしいぞ」
「ふーん、そうなのか・・・って、何でお前がそんな事知ってんだよ」
危うくそのまま聞き流しそうになったが、寸前の所で重大な事に気が付いた。
何故シル公が、クリスのあの格好の真意を知っているんだ?
聞きたいことは山ほどあったが、それはシル公の手で制された。
「落ち着けゴールド。俺は少しの間、クリスと共に行動していた際に本人から聞いただけだ」
「で?」
「その時のクリスはいつものアイツらしくも無く、軽くパニックに陥っていた。それと、」
「 」
「・・・ッ」
シル公の言葉を聞いた俺はすぐさまクリスの元へと向かうべく、勢いよく立ち上がる。
シル公は俺の行動に特に驚いた様子もなく、むしろまたか。と呆れているようだ。
去り際シル公に礼を言うと、呆れながらも口元に軽く笑みを浮かべながら見送ってくれた。
「あら?ゴールド、何か用?」
研究所を除くと、予想通りクリスが仕事をしていた。
辺りを見渡しクリスしか居ないことを確認すると、俺は研究所の中に足を踏み入れる。
そんな俺の一連の行動を、クリスは不思議そうな顔をしながら見てきた。
「あぁ約束を守りに来た」
「約束?私、貴方と約束なんてしたかしら?」
本当に心当たりが無いと言った感じでクリスは首を傾げる。
この様子だと、あん時のことはすっかり忘れちまっているらしい。
「忘れたとは言わせねーよ。山ほど聞かせてやるっつったじゃねーか」
ここまで言えばクリスも思い当たる節があったらしく、見る見るうちに顔が赤くなっていった。
しかし思い出したのは良いが、あん時みたいに蹴りを食らうのは勘弁したい。
流石捕獲の専門家だけあって、足のキレが半端じゃなかった。
ある程度は手加減してくれたんだろうが、それでも結構痛かったのを覚えている。出来ればもう二度とあの体験はしたくない。
そこで俺は、クリスの隙を突いてソファーの上に倒しその上に跨った。
まぁ簡単に言うと、クリスを押し倒したっつー事だ。
そんな俺の突然の行動に、クリスは目を見開いて俺を見上げてくる。
しかし先程のやり取りを思い出したのか、プイッと顔を俺から背けた。
そんなクリスの態度に少しカチンと来てしまい、思わずムキになってしまう。
「こっち向け、クリス」
「嫌っ」
何十回めのやりとりになるんだろうか。
頑なに俺の方を見ようとしないクリスに痺れを切らし、無理矢理こちらを向かせる。
「どうせ貴方の事だもの。似合ってないって笑い飛ばすつもりでしょう」
いつもの呆れ顔で言うクリスだが、その声をよく注意して聞いてみると、少し震えていて若干悲しみが含まれているように聞こえた。
「ちがっ俺は・・・」
そこまで言い掛けてハッと我に返り、これじゃぁ駄目だと思い、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「からかわねーよ。あん時のお前の格好、スゲー似合ってた」
「ッ!」
クリスが息を呑んだのが分かった。
俺はそのままクリスを真っ直ぐ見ながら、思ったことを全て正直に口に出す。
「マジで可愛かった。正直見惚れちまった。」
あー、マジで恥ずかしい。
こんなの俺のキャラじゃねぇのは百も承知の上だ。
でもここで妥協したら一生言えねぇ気がする。
グッと歯を食い縛り、羞恥心に必死に耐えながら言葉を紡いでいく。
「嘘・・・」
「嘘なんかじゃねーよ、本当のことだ」
信じられない、と言う顔で戸惑いを隠し切れないクリスは、不安そうに俺を見る。
そんなクリスの右の頬に手を添え、真っ直ぐにクリスを見つめた。
「だから、出来ればまた着て欲しい」
そこまで言った所で、クリスが不意に視線を逸らす。
「・・・本当に似合ってた?」
憂いを帯びた顔でクリスは俺に問い掛けてくる。
俺から視線を逸らしたまま、クリスは尚も言葉を紡ぐ。
「あのね私、貴方の口から似合ってないって聞くのが怖かったの」
バカみたいな理由よね、と自嘲の笑みを浮かべるクリス。
「バカなんかじゃねーよ。まぁ確かにお前にしちゃ珍しい格好だったがよぉ」
クリスの瞳が不安そうに揺れているのを見て、思い切り抱き締めたい衝動に駆られたが、グッと堪える。
まだ駄目だ。もう少し我慢しろ、俺。
溜め込んでいた息を吐き出し、再びクリスと向き合う。
「スゲェ似合ってたし、可愛かったっつーのは事実だ」
「・・・ゴールド」
「でもそんな格好するんなら、出来れば俺の前だけにして欲しい」
スゥと大きく息を吸って吐き出す。
唖然としているクリスの顔を真っ直ぐ見据え、長年秘めていた想いを口にする。
「好きだ、クリス」
嘘偽りなく、真っ直ぐに自分の思いをぶつけた。
暫しの間無言だったクリスが、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。
どうか俺の期待する答えでありますように。と願いながら、クリスが口を開くのをジッと待つ。
そして、その口が開いて言葉を発した瞬間、俺は幸福と喜びで包まれた。