宝物
□脱抑制促進薬(アルコール)
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人間にはたくさんの抑制がかかっている。
深層心理に詰め込んだ雑多の欲望は、理性という鎖でいつでも雁字搦め。
それを吹っ飛ばすのが、麻薬に媚薬にそれから…
身近なものでは、アルコール。
「う゛ー…」
とろん。
蕩けるようなそれは、灰白質の如き混濁と深雪の如き瞳の色で。
まさしく、フォーカスがどっかに飛んでいってしまった、軸を失った世界を映す視神経。
有体に言えば、つまり……灰色の澄んだ目を濁し、ふらふらと座っているにも関わらずわずかな揺れが見られるスクアーロは酔っていた。
「大丈夫なの、スクアーロ?お水いる?」
「んー、いらねぇ。気分がいいんだぁ♪」
心配そうに水が入ったグラスを差し出すルッスーリアの優しい手に、やんわりと至極ご機嫌に微笑み返し、ソファへ沈むように寝そべる。
「スクアーロ、意外に弱いよねー」
そこへ寄って来たのは、右手にロックグラスをもち、貼り付けたような笑みをたたえたベル。
ソファから床まで流れる銀髪を指に遊ばせながら、ソファのほとんどの領域を支配している長身の横に腰掛ける。
傾けるグラスには、飴色のブランデー。
そのグラスごしに半透明の世界で横たわるスクアーロを眺め、薄く笑んだ。
「スクアーロ、部屋まで運んでやろっか?」
「んー…?」
顔を覗き込む。
向けられるのは相変わらず焦点の合わない瞳。
しかし、返答の代わりにやけにじっとりと見つめられて、自然と問いかけるような表情を作って返す。
そっと首も傾げてみようか、と。
そう思った矢先に起こった出来事は、アルコール以上に天上天下唯我独尊をも貫くベルの思考回路を麻痺させた。
ちゅ。
唇に、触感。
目の前には、伏せられた銀の睫毛。
通った鼻筋に、僅かに染まった頬。
そして…、静かに離れていったのは、赤い…紅い唇。
チロリと覗いた真っ赤な舌が、濡れた唇を舐めてまた隠れたところまで呆然と眺めてしまってから…、大脳は今現在起こった事象を処理し終えた。
「ス……」
「ス、スクアーロっ!!!?」
が、驚きと共に呼びかけようと思った名前は、横からの絶叫にも近いルッスーリアの声に遮られた。
「何してるんだい!」
マーモンまでもがいつもの冷静さを落っことした時みたいに慌てて駆け寄ってくる。
「何だぁ?」
キスされた張本人、つまりオレ以上に動揺した二人にスクアーロが打ち返すのは、のほほんとしたどこか気の抜ける笑み。
「あ、貴方…キス魔になるの…かしら?」
「そんなの、ボク知らなかったよ」
ちょこんと、機嫌よく揺れているスクアーロの膝上へ飛び乗る赤子。
甘えるように銀髪を引き寄せる様子を見て、すかさず行動に移ったのはベルだった。