献上品

□未定
1ページ/4ページ

みぃねぇが消えた。
遺書と靴を遺し、海へと飛び降りて。
きちんと崖の端に揃えられた靴は、就職が決まったお祝いに、日記とセットで私が買ってあげた、白いパンプス。
あげた時、すごく喜んで、
「毎日これを履いて仕事行くね」
と涙声になりながら言って、靴の箱を抱き締めていた姿が、今でも頭に浮かぶ。
みぃねぇが「まぁちゃん」と優しく呼ぶ声も耳に残っている。
私の名前は麻乃(あさの)。
みぃねぇの名前は美乃(よしの)。
でも両親は私達の事を「みぃちゃん」「まぁちゃん」と呼び、私達自身も自然と互いをそう呼び合う様になった。
その両親も今は居らず、みぃねぇもいなくなってしまった。
もう誰も、私を「まぁちゃん」と呼ぶ人はいない。
ひとりぼっち。
まだ学生の小娘一人で、どうやって生きていけっていうの?
職場が遠いから離れて暮らすと決まった時、
「また一緒に住める様になるまで頑張ろうね」
って言ったのは、みぃねぇなのに。
どうして?
みぃねぇの職場の人達が言うには、みぃねぇは半年程前に退職していたらしい。
「一身上の都合で…」と曖昧な理由だったそうだが、実際は上司との不倫が原因だったらしい。
「あなたのお姉さんと中沢部長の関係は、社内じゃ有名だったのよ」
いかにも噂好きそうなみぃねぇの元同僚がご丁寧に教えてくれた。
私は何も知らなかった。
こんな馬鹿みたいな同僚と一緒に働いていた事も、不倫していた事も――自殺したい位、苦しい事があったって事も。
なんで何も言ってくれなかったんだろう。
妹じゃ、言ってもしょうがないから?
頼りないから?
いや、私に心配かけたくなかったからだって、本当はわかっているけれど。
私よりも泣き虫ですぐにおろおろと慌てる癖に、みぃねぇは姉さん面をしたがる事がよくあった。
――こんな風によくみぃねぇの事を考えては、寂しく思った。
「こんな人だった」「あんな事があった」なんて過去形の言い方。
まだ信じられないのに。
死んだ姿だって見ていない。
何度も探してもらったのに、見付からなかったから。
だから、もしかしたらふらりと生きて帰ってくるかもしれないと思って、みぃねぇの住んでいたアパートはそのままにしていた。
でも、もう家賃が払えない。
仕方ないからみぃねぇの部屋を引き払おうと荷物を整理しに行った時、あの人に出会ったのだった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ