天使の使い

□1.お使い
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 街中の道で2人の男がぶつかった。
「すいません」
片方の男が謝った。もう一方の男は、少し怒ったような顔をしながら、何も言わずに歩き出した。謝った男は紙で何かを確認すると、ぶつかった男の後をつけた。
 同じ頃、喪服を着た女性が線香をあげていた。そしてつぶやくように言った。
「あなたが逝ってから、もう3年が経つんですね」
女性は遺影を見つめた。遺影に写っていたのは、先程別の男とぶつかり、ぶつかったその相手を追っている男だった。
 後をつけられている男は、自分がつけられていることに気づいてなかった。自身が日常の忙しさにまぎれ、つけている男が慌ただしい人並みにまぎれていたのだから、当たり前というところだろうか。後をつけられている男は信号のため立ち止まった。つけている男も、少し後ろで立ち止まった。信号が青になり、後をつけられている男は勢いよく飛び出した。ちょうどその時、1台の車が横断歩道に突っ込んできた。
キッ、キィー
かん高いブレーキ音が響いた。しかし間に合わず、車は男をはねた。男はうめいたが、すぐに動かなくなった。周囲は呆然として、時間が止まったようになった。その時、1人の男が動いた。はねられた男の後をつけていた男である。後をつけていた男は大鎌を取り出し、事故にあった男の上で円を描くように振った。そしてケージを取り出し、その入り口を開けた。しばらくすると閉じ、中を確認した。それが済むと、男は鎌もケージもその場から消し、立ち去っていった。
 その日の夜、ちょうど日付が変わる頃、人気のない茂みの中にあの男が立っていた。しばらくすると、空から一筋の光が差し、そこにもう1人男が現れた。
「今日の分は全て回収したかな?」
「はい。こちらに」
待っていた男がケージを取り出し、もう1人の男に渡した。ケージを渡された男は、中身を確認すると、中身を別のケージに移し、渡されたケージを持ち主の男に返した。
「ご苦労だったな、ファイ。明日はこの5人だ」
空から下りてきた男は、ファイと呼んだ男に紙切れを渡した。それを見ながら、ファイが言った。
「明日は少なめですね」
「だが、注意人物がいるからな」
「暴力団員か…できることならお近づきになりたくないけど…まあ、仕方ない」
「では、明日も頼むぞ。ファイ」
「わかっております。ラファエロ様」
ファイがそう言うと、ラファエロは下りて来た時とは反対に、空へ光と共に昇っていった。それを見送ると、ファイは感慨深げにため息をついた。
 ファイが魂回収の仕事を始めたのは3年前のことだった。人としての生を終え、天に連れて来られた。しかしファイは生まれかわることを拒否し、あわや魂を消されるところをラファエロに助けられた。そして、ラファエロがファイを助け、願いを1つ叶える条件として提示したのが、この仕事だったのである。ファイという名も、生前の自分の名前を使わないようにする為にラファエロがつけた名前だった。生前の自分を知る者達を混乱させない為に。こうしてファイは3年間、休まずこの仕事を続けてきた。全てを投げうってまでファイが願ったこと。それは自分の息子ともう1度会うことだった。
 ファイの姿は、死んだ時のまま止まっている。どう見てもファイの姿は20代後半から30にかけての若い姿である。実際、ファイは28の時に殺されたのである。銃の乱射による無差別殺人によって。その時ファイは2歳になる息子を連れていた。息子はファイがかばった為無事で、今も元気に過ごしている。ファイは、自分が自分であるうちに、もう1度だけ息子の元気な姿を見たいと思ったのであった。例え何年かかっても。今でさえ、あの時のことを考えると、手足が震え、息苦しくなってくる。ファイにとって息子は、そんな時でさえ自分を支えてくれた希望てある。ファイは息子と会うことで、自分が生きた意味を確認したい、そう思っていたのだった。
 次の日、ファイはラファエロから渡された紙に書いてあった人の魂を、いつものように回収していった。今日の仕事のやまは、なんといっても暴力団の人間である。それも幹部クラスの為、妨害が予想された。
「あー、やっぱり気が滅入るな」
ファイはそう言いながら時間を確認した。予定まであと5分。現場はいかにもという感じの埠頭の倉庫。他の魂はすでに全て回収しており、残すところこの1つである。刻々と近づいくる時間にファイの緊張は高まった。
「時間だ」
その時、誰かの声が聞こえた。ファイは物陰から少し身を乗り出した。
「金は持ってきたろうな」
「もちろん。ほら、ここに」
「本物のようだな」
「さあ、物を渡してくれ」
「ああ」
次の瞬間、銃声が響いた。
「きさま…」
「さすがに目障りなのでね。部下共々消えてもらうよ」
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