violet eyes
□1.動き出す闇
1ページ/1ページ
授業中の高校。受け持ちの授業がなかったらしい若い男性教師が一人、堂々と廊下を歩いていく。
独特の光沢を持つライトグレーのスーツに黒に近い紺のシャツ。長めの前髪からのぞくのは鋭い切れ長の目。顔立ちは整っているものの人を寄せ付けない張りつめた空気をまとっている。
向かう先は保健室。コンッと一つノックをすると中の返事を待たずにドアを開ける。中にいたのはパッと見たかぎり男性教師と同い年くらいの校医一人。
小柄な背丈、栗色のふわふわとした髪、大きめの瞳と女と間違えかねない容貌。タイをつけ、ズボンをはいているところを見てどうにか男性だとわかるような姿だった。
男性教師は校医だけだと確認すると中にあった長椅子にドカッと座る。その姿に校医は小さく笑みを浮かべつつ、長椅子の前の机にあるものを用意した。それは…ミルクたっぷり、だけど無糖のカフェオレだった。
家庭科教師、日野雅と校医、綾瀬昴は高校時代からの友人だった。またこの私立高校に着任したのも同じ年。もう一人同じ年に着任した教師はいたが二人の仲には遠く及ばない。その為危ない噂まで流れたりしたが当の二人は全くもって気にしていなかった。
雅は黙って出されたカフェオレを飲み、昴は自分の仕事へと戻る。二人とも会話をすることはなかった。昴もたまに雅と同じ無糖のカフェオレを口にしていたが。
そのまま時間が経ち、授業の終わりの時間が近づくと雅は保健室を後にした。休み時間は大抵生徒達が集まってくるから。その後ろ姿を見つめながら昴はまた小さく笑った。
その日の放課後。昴がそろそろ帰ろうかと思っていると保健室のドアが開く。小さくため息をついてからそっちを見ると、軽く目を見張る。
「氷臣」
もう一人の同期で体育教師の如月氷臣だった。こちらも整った顔立ちをしていたが表情に乏しく、どうしても怖い印象を与えてしまう。また長い黒髪を一本にまとめていた。
氷臣は軽く中を見渡すと昴のことを見る。
「少しいいか?」
「うん」
昴が頷くのを見て氷臣は保健室の中に入った。それを見届けると昴はドアを見つめる。にわかに青く光った。
「それ程長くならない」
「でも一応ね」
そう言いながら昴は緑茶を入れ始める。その間に氷臣はいすに座った。
氷臣の前に緑茶が、昴の前に無糖のカフェオレが用意されると、氷臣が口を開いた。
「災いが来る。それも大きな」
「相手は?」
「悪魔。おまえも覚えがある」
昴は氷臣を真っ直ぐに見つめた。次の言葉を待つように。
「雅の…大切な存在を奪い、追いつめた」
この言葉に昴の大きい瞳がなおさら大きく見開かれた。
「もう…なの?」
「逃げ出したんだ」
黙り込む昴。氷臣はふうと息を吐くと緑茶を一口飲む。
「予定は明日。頼むぞ」
「…わかった」
短く昴は頷いた。
その後一気に緑茶を飲み干すと氷臣は保健室から出ていった。一人になった昴は大きなため息を吐く。
「完全に撃退しなかったとは言えできる限りのことはしていたんだけどな…」
呟いたもののふるふると首を振る。
「今回で完全に決着をつけよう」
昴は心を決めると帰り支度を始めた。