天使の使い

□6.夢叶う
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 顕彰の母親は電話を待っていた。弘が誘拐されたと聞いてから早数時間。時々イライラを押さえきれず、机を指先で叩きながら、ただひたすら電話を待った。そして突然、電話が鳴る。顕彰は母親はすぐに電話をとった。
「はい、富江ですが」
「お義母さん?朔夜です」
「ああ、朔夜さん。…弘はどうなりました?」
「無事保護されました。特に怪我もなく」
朔夜の言葉に、顕彰の母親はホッとした。
「そう。それはよかったわ」
「それで、突然なんですが、これから夕食を一緒に食べに出ませんか?」
「え?」
顕彰の母親は目が点になった。朔夜もそれに気づいたようで、言葉を続けた。
「どうしても今日、会わせたい人がいるのです」
「また何でそんな急に…」
「私達にとっても突然のことだったので…」
朔夜はそこで黙ってしまった。顕彰の母親は少し考えた。会わせたい人が誰だかはわからない。だが、弘の無事な姿は見たいと思った。
「わかったわ。時間と場所は?」
「午後五時半に駅で」
「そい、じゃあ五時半ね」
顕彰の母親はそう言うと電話をきった。そして小さくため息をつくと支度に取りかかった。
 午後五時二十五分。顕彰の母親は待ち合わせ場所である駅に着いていた。しかし三十分になっても朔夜達は来ない。それから待つこと約十分。朔夜達は到着した。顕彰の母親はまたため息をつきつつ朔夜に言った。
「珍しいわね。こんなに遅れるなんて」
「すいません。支度に手間取ってしまって。顕彰の服がないこと忘れてて買いに行くことになってしまったから」
「顕彰?」
顕彰の母親は驚き、聞き返した。
「はい」
朔夜はそう答えると、後ろに突っ立っていた顕彰を前に押し出した。顕彰は少々ばつが悪そうに、上目づかいで自分の母親のことを見た。
「顕彰…顕彰なの?」
顕彰の母親は目に涙を浮かべながら顕彰を見つめた。
「そうだよ。おふくろ。…心配させて…ごめん」
顕彰の母親はただ顕彰のことを抱きしめた。
「顕彰…ああ、顕彰」
顕彰の母親はひとしきりむせび泣いた。そして落ち着くと顕彰から体を離す。
「でも何で?だって、顕彰はあの時…」
「詳しい話はどこか入ってからにしよう。長くなるから」
「ええ、わかったわ」
というわけで、駅ビルの一軒に入る。注文を済ませると、顕彰が早速話し出した。
「今から言うことはあまりに現実離れしているから、信じる信じないはおふくろに任せる。俺は転生することを拒み、存在を消されそうになったところを、天使ラファエロ様に助けられた。そして一定数、指定された死んだ人の魂を集めてきたら、願いを叶えてくれると言った。一日だけ富江顕彰として家族と過ごさせてくれると。本来の約束の数まで到達していないけれど、功績をあげた為、特例で願いが叶うことになったんだ」
その場をしばらく沈黙が包んだ。
「…じゃあ、顕彰がいられるのはあと一日だけ?」
「うん…」
顕彰は申し訳なさそうな顔をした。しかし顕彰の母親は柔らかく微笑んだ。
「そう。一日だけでもがんばって会いに来てくれたのね。…ありがとう」
顕彰は驚いた。
「たった一日、だけど一日。あることのないはずだった日。せっかく一緒にいられるのだから楽しみましょう」
「…うん」
顕彰も微笑んだ。その時最初の料理が運ばれてきた。四人は話し、笑いながら、食事を楽しんだ。そして八時になる頃、顕彰の母親と別れ、家に帰った。家でも三人で過ごした。ふと、顕彰が弘に聞いた。
「そうだ。明日はどこに行きたい?」
「うーんとね。遊園地がいい!」
弘は嬉しそうに、元気に答えた。
「よおし、わかった。じゃあ、早くお風呂に入って寝よう」
「うん」
弘はニッコリ笑った。朔夜はその光景を微笑ましく見守った。その夜、三人とも十時には布団に入った。
 次の日、三人は朝早くから遊園地に出かけた。いろんな乗り物に乗ったり、イベントを見たり、一緒に食事をしたり、おみやげを選んだり。普通の親子の休日。でも、こんな日を過ごせるのも、今日が最後。三人はとにかく楽しんだ。もちろん写真もたくさん撮った。そのため夕食を終えると弘はうとうとし始めた。弘はがんばって起きていようとする。
「弘、眠たかったら寝てもいいよ」
「でも目が覚めた時お父さんがいなかったらやだもん」
顕彰は弘のことを見つめた。
「弘、お父さんが天に帰るのは真夜中の十二時。今がんばっていると、その時に眠くなってしまうかもしれない。まだ八時にもなっていない。少し眠っても大丈夫だよ」
「でも…」
弘は上目づかいで顕彰のことを見た。顕彰は弘のことを優しく抱きしめた。
「大丈夫。天に帰る時は、ちゃんと起こしてあげるから」
「うん…」
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