天使の使い

□2.見送り
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 とある日、いつものようにラファエロから紙をもらったファイは、驚きの声を上げた。
「1人…ですか?」
「ああ。今回は少々特殊でな」
「どういうことですか」
「その人の正確な時間がわからないのだよ」
「え?」
ファイは呆気にとられた。
「そういう人もいるんですね」
「かなりまれなケースだがな。明日1日彼女について、いつものようにこの時間までに魂を持ってくればよい」
「わかりました」
「では、明日も頼むぞ、ファイ」
「はい」
ファイの返事を確認すると、ラファエロは天に上っていった。その後もう一度、ファイは渡された紙を見た。しばらく見つめていたが、2つに折ってポケットにしまった。
 その次の日、ファイは魂を回収すべき人がいる病院に行った。そして面会受付でその人の病室を聞いた。
「すいません。田代美姫さんの病室はどちらでしょうか」
「田代さんですか?えっと506号室になります。…あの、ご家族の方ですか?」
「いえ、友人です」
「そうですか。いえね、田代さんに面会にくる方、あなたが初めてなんですよ。だからね」
「そうですか…」
「失礼ですが、こちらにお名前をお願いします。あと、このバッチをつけて下さい」
「わかりました」
ファイは名前を書き、バッチを受け取ると、目的の病室に向かった。病室の前に来て、ファイは一度深呼吸をした。そして、ドアをノックした。
「はい」
中から声がした。ファイはドアを開け、病室の中に入った。
「初めまして。田代さん」
中に入ってきたファイを見て、田代は驚いた。
「あなたは?」
「僕はファイといいます。今日はあなたと過ごすために来ました。よろしく」
それでも驚いたままの田代にファイはどう説明しようか考えた。
(本当のことを言ってもいいのだろうか?)
ファイは田代のことをちらっと見た。田代はファイの次の言葉を見守っている。ファイは悩んだ挙げ句、本当の事を伝えることにした。
「僕は天使の使いをやっていまして、今回の任務があなたと今日1日過ごすことなのです」
「天使の使いね。…じゃあ私、天国に行くんだ」
ファイは少しドキッとした。こんなに早く気づかれるとは思ってもみなかったのだ。
「…はい」
「夜中まで待つとか言わないで、今すぐ連れていってよ」
「…僕はあくまで天使の使いです。言われたことしかできません。それに…誰も故意に人を死なせていい権利を持ってはいませんよ」
田代は黙り込んだ。ファイも何も言わなかった。しばらくして、ファイが沈黙を破った。
「まず気分転換に少し外にでも行きませんか?」
少々暗い雰囲気になってしまったので、ファイが提案した。田代は軽く微笑むと言った。
「そうね。病院の周りでも散歩しましょうか」
ファイは早速車椅子を借りてきて、病院の庭に出た。初夏の時期で、緑が鮮やかだった。それなりに日差しも強いので、木陰で少し休憩した。
「ああ、気持ちいい。こんな日に逝くのか。できれば明るいうちがいいんだけどな」
ファイは黙って聞いていた。ふと、田代が聞いてきた。
「ねえ。私が死ぬ時間、わかんないの?」
「わからないそうです。僕自身、それを聞いた時驚きましたよ。今までそんなことありませんでしたから。まあ、まれなケースだそうですけど」
「そうか…」
田代は少し上を見た。ファイも視線の先を追ったが、何を見ているのかよくわからなかった。
 その後、病院の庭を一周して帰った。それから間もなく昼食の時間になった。昼食を食べる田代を見つめるファイを見て、田代が声をかけてきた。
「特に食べなくてもいいんだ。便利だね」
「僕、死んだ人間ですから。幽霊が実体化したような身なもので」
ファイの言葉に田代は驚いた顔をした。
「そうなんだ。でも、また、何で天使の使いなんかになったの?」
「話長くなりますから、昼食終えてからにしませんか?」
「うーん…。わかった」
田代は残りを静かに食べた。
 しかし、昼食を終えると眠くなったらしく、ウトウトし始めた。
「少し休まれたらどうですか?」
「でも…」
「僕は別にかまいません。それにあなたが望めば、すぐに死ぬようなことはないと思います」
「…そうね。少し眠るわ」
田代はおとなしくベッドに横になった。眠った田代を見て、ファイは思いを巡らせた。
(自分も不幸な人生を送ったつもりだった。でもこの人はこの人でまた、人には言えないようなことがあったのかもしれない)
ファイは布団にそっと手を置いた。そのまま、田代が目覚めるのを待った。
 結局、田代が目覚めたのは三時頃だった。お茶とお茶菓子を用意し、聞く準備万端という感じである。
「それじゃあ、約束どおり聞かせて。天使の使いになった訳」
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