天使の使い

□2.混乱
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 ファイと再会し、悪魔に宣戦布告されてから一夜が明けた。弘は昨日のことが信じられず、昨日あったことは夢なんじゃないかとどこかで思っていた。そしてぼーっとしながら朝食のパンをかじっていると弟のライが声をかけてきた。
「お兄ちゃん、何かあったの?」
しかし弘は答えもせず、相変わらずぼーっとしたままパンをかじっていた。そんな弘の様子に少しムカッとしたライは大声で弘のことを呼んだ。
「お兄ちゃん!」
弘はビクッとしてライのことを見た。
「びっくりした。なんだ。ライか」
「ライか、じゃないよ。話しかけてるのに無反応なんだもん。本当に何かあったの?お兄ちゃん」
ライは心配そうな顔で弘のことを見た。心の中にいろんな思いはあったが、弘はそれを隠して微笑んだ。
「何でもないよ、ライ。ちょっと考え事してただけだ」
「本当に?」
ライは弘の顔をのぞき込むように見つめた。弘は少し引く。ライの視線が痛かった。本心を見透かすようなライの目。それでもどうにか取り繕う。
「本当だよ。だから心配しないで」
「うん…わかった」
ライはまだ疑っているようだったがとりあえず頷いた。その時母の朔夜が声をかけてくる。
「あら?弘、まだごはん食べてなかったの?もうそろそろ出ないと遅刻するわよ」
朔夜に言われて弘は時計を見た。確かにもう出る時間だった。
「げっ!」
弘は急いで口の中にパンとスープを突っ込むと立ち上がった。そしてカバンを持つと勢いよく家を飛び出す。
「行ってきまーす」
そうして道路に出た弘が一番に目にしたもの。それはファイの姿だった。
「おはよう。弘。昨日はよく休めたか?」
ファイはさわやかに弘に声をかけてくる。しかし当の弘はげんなりした顔をしていた。
「どうしたんだ?弘。そんなにげんなりして」
「いや、別に」
弘はそう短く言うと黙った。そして昨日ファイが言ったことを思い出していた。今ある状況が夢でない以上、全てを元に戻す為には自分のその内に眠る力を扱えるようになるしかない。しかし今の自分には力があるのかもわからない状態だった。
「本当にどうした、弘。それにいいのか?時間は」
ファイの言葉に弘は現実に引き戻される。はたまた腕の時計で時間を確かめると、弘はだっとの如く走り出した。そんな弘をファイは慌てて追いかける。
「ったく、何やってんだか」
だが数十メートル走ったところで弘は立ち止まった。食べてすぐ後に走ったものだから横腹が痛くなってしまったのである。
「大丈夫か?弘」
「うん。とにかく急がないと遅刻だからね」
口では大丈夫と言ってはいたが、弘は苦しそうだった。ファイは弘の横腹を優しくさすってやる。少しは楽になったようで弘の顔が和らぐ。
「ごめん。ファイ」
「いいよ。だけど弘。無理して焦ってこうして自分を傷つけるようなことがないようにな。とにかく今はお腹が痛くならない程度にしておけ」
「うん」
弘はまた歩き出した。そして歩きながら思った。ファイは今ある自分の状況下、焦って大変なことにならないかと心配しているのではないかと。
「弘!」
ファイに呼ばれて弘ははっとした。気付くと校門の前にいた。どうにか間に合ったようだったが、もう少しで通り過ぎるところである。
「あ…」
「弘。本当に大丈夫か?」
さすがにファイが少し心配そうな顔で聞く。弘は苦笑いを浮かべた。
「はは、大丈夫、大丈夫」
「もう。とにかく気をつけてな。何かあったら俺のこと呼ぶんだぞ」
ファイは小さくふうと息をつくとそう言った。
「うん。じゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
弘はファイに手を振ると校舎に向かって走っていった。ファイはその姿を見送るとまたため息をつく。
「やっぱ動揺してるか。仕方ないけどまずは、自分が今ある状況を受け入れてもらわないとな」
ファイはそうつぶやくと歩き出した。すぐに弘の元に駆けつけられる範囲内で、学校の周辺を散策してみることにしたのである。生前この辺りを歩いたこともあったが、ずい分様変わりしたように感じた。
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