今夜あの喫茶店で

□3.突然の事〜viewpoint of HAYATO
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「酔い覚ましにはタンニンの多いお茶がいいからね。苦いのは仕方ないよ。今しばらく我慢すれば落ち着くだろう」
 そう言うと階段を下りていった。俺は仕方なく我慢してそのお茶を飲み干す。しばらくするとじいさんが言ったとおり、気持ち悪いのが治まっていった。
「ああ、苦かった。でもどうにか落ち着いた」
「本当ですか?よかった」
 そう言うものの、相変わらず真由の表情は変わらない。
「本当にそう思ってる?」
 低い声で俺は真由に聞いた。
「はい」
 真由はカップをソーサーに置くと俺のことを見た。
「私の表情が変わらないからそう言われるのだと思いますけど、確かにそうは思います」
 俺はしばらく真由のことを見つめた。
 何も映していないんじゃないかと思う程虚無をたたえた瞳。この目を見るのは決して初めてじゃなかった。一番下の弟が病気になって間もない頃、こんな目をしていた。
 今はこんな目をすることはなくなった。だけど…やっぱりこんな目を俺は見ていたくない。
「あんた、昔何かあったの?」
 微妙に真由が反応した気がした。そしてしばし視線を落とし、考え込む。
「はい。小学生の頃、目の前で父親を亡くして。それ以来表情をなくしてしまって。すぐの頃は感情もなかったです。そして夜がなかなか寝つけないから毎晩ここにお茶を飲みに来るんです」
 そういう訳ね。だけどそうなるとかなり重症だな。
「じゃあ、今の時間は毎日ここに来てんだな?」
「…?はい。病気の時以外は毎日」
「決めた。泊まり以外の時は毎日あんたに会いにくる」
 真由は珍しく目をパチクリさせる。
「またなぜ私に…」
「あんたが笑った顔が見てみたいだけ」
 俺のことをじっと見つめてくる。
「でも、それは多分無理だと思いますよ。今までもそれは何人もの人がやってきましたから」
「じゃあもうあきらめてるんだ」
 何も言わなかった。
「俺はあんたみたいな目をした人間を見たことがある。全てに絶望して何の望みも抱けない。この世界から目を逸らしている人間に。でも今は笑ってくれる。少なくても絶望だけじゃないって気付いてくれたから」
 俺の言葉を聞きながらただ真由は俺を見つめていた。
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