今夜あの喫茶店で
□1.回り道〜viewpoint of YUUKI
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「それで、やっぱりさっきの提案は聞き入れてもらえない?」
私は視線を落とした。
「はい…すいませんけど。場違いな気がして」
「そんなの気にすることないのに。まあ、いいや。それなら…」
斜めにかけた小さなバッグから仁は紙とペンを取り出し、何かを書き、切り取る。
「これあげる」
今さっき書いた小さな紙切れを渡される。中に書いてあったのはもちろん仁の携帯番号とメールアドレス。私は思わず上目使いで見た。
「そんな目で見ないでよ。別に変な意味はないんだ。ただせっかくの出会いをこれで終わりにするのが悲しいと感じられたから」
困ったように苦笑いを浮かべる仁。これまたテレビでは見たことのない表情に今言ったことに嘘ではないんだなと思い、恐る恐る受け取る。
「連絡するかはわかりませんけど」
「構わないよ」
とそこで仁の携帯が鳴った。
「ちょっとごめん」
仁は私から少し離れると電話を取る。
「あっ?隼人?遅くなって悪い」
どうやら電話の主は隼人のようで、少し離れたところにいる私にもその声が微かに届く。
かなり大きな声。怒ってるのかな?
「ん?ああ…ちょっとファンに追いかけられてな。今、おまえの家の前辺り。もう大丈夫そうだしこれから向かうわ」
その後何回か受け答えしてから仁は電話を切った。
「ごめん。もう行かないと。隼人が待ちくたびれてる」
「そういえばもうずいぶん前からスタジオにいましたもんね」
「え?」
仁はびっくりしてまた目を丸くする。
「ちょうど徳永さんがスタジオに入っていくのを見たもので」
「そうだったんだ。まあ、そういうことだからもう行くね。本当にありがとう」
そう言うと仁は手を振って元来た道を戻っていった。
仁の姿が見えなくなると私は改めて渡された紙切れを見つめる。
テレビでの仁を思い浮かべると不安がないわけじゃない。だけどこれを渡してきた仁は確かに普通の男の人だったから。
私は紙切れをポケットにしまうと残っていたジュースを一気に飲み干した。そしてそれを自動販売機横のゴミ箱に捨てると自転車にまたがり、前を見据える。
家に帰ったら連絡を入れてみよう。そう思いながら地面を蹴り、自転車を走らせた。
いつもと違う道を選んだことで生まれた出会い。この出会いが未来を大きく変えていくなんてこの時の私は気づいていなかった。