今夜あの喫茶店で

□1.回り道〜viewpoint of YUUKI
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 まっすぐ私のほうに走ってくる仁。気持ちは焦りながらもこれから何が起こるのかだけは勝手に頭に浮かぶ。
 仁は数メートル前まで近づくと私に聞こえる程度に叫んだ。
「あっちに!!」
 その声に私は急いで方向を変え、ペダルに足をかける。
 指定された方向を向いて間もなく、自転車が揺れた。仁が後ろに乗ってきたのである。
「行って」
 仁が短く言ったのを聞くと私は自転車を走らせた。
 踏切付近の人が多い場所で、何度も人にぶつかりそうになりながらもどうにか走る。女の子達も人込みに突っ込んだようで少しずつ距離ができた。
 やがて自転車は人込みを抜け、私は祖母の家に戻るように走っていった。追いつけないと思い始めたのか女の子達がとんでもない言葉を投げつけてきたけど、構わず全速力で走る。
 坂道を登り、やがて今日知った工場が見えたところで仁が耳打ちする。
「そこの路地に入って」
 言われたとおり左に曲がって路地に入ると、工場の入り口らしきものが見えた。
「そこで止まって」
 入り口の少し手前で私は止まった。ほぼ同時に後ろで仁がため息をついたのがわかった。
「はぁ〜助かったよ。本当ありがとう」
 どういたしまして、そう返したいのだけど、後ろに人を乗せ、全速力で坂道を登った私はクタクタだった。
 荒く息をしてハンドルに寄りかかっていると不意に自転車の後ろの重さがなくなる。思わず振り返ると仁が自転車から離れていくのが見えた。
 利用されたのかな…どこか悲しい気持ちになっていると仁は入り口のそばにあった自動販売機でジュースを買い、手渡してくれた。
「はい」
 小さく会釈をして受けとると早速口にする。半分を飲んでようやく落ち着いた。
「ありがとうございます」
「ううん。迷惑かけたのは俺のほうだし。もう大丈夫かな?」
「はい」
「よかった」
 ホッとしたように笑う仁。私は目が釘付けになった。こんな表情は今まで見たことなかったから。
 一方、私が凝視していることに気づいた仁は頭をかきつつ気まずそうな表情を浮かべた。
「えーっと…多分気づいてると思うけど…俺、black colorの世良仁」
「あっ、はい、知ってます。…初めまして」
 ペコリと頭を下げる。仁は少し驚いた表情に変わったけどそのまま言葉を続ける。
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