天使の使い

□2.見送り
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ファイは一瞬戸惑ったが、話し始めた。
「簡単に言ってしまえば、どうしても叶えたい望みがあるんです。本来なら、もう叶うはずのない望みを」
ファイは視線を落とした。
「僕はある事件で殺されました。その時、二歳になる息子も一緒でした。息子は無事で今も元気で生きています。…僕の望みは、息子に会うことです。ある意味、命とひきかえに守った息子と会うことで、自分の生きた意味を感じたい。僕はその為に、天使の使いになりました。一定期間、魂を集めてくるという条件をのんで」
ファイはそこで言葉を切った。そして田代のことをチラッと見た。田代は複雑な表情で黙ったままである。しばらくして、ファイは田代に聞いてみた。
「田代さんは早く死にたいですか?」
しばしの沈黙の後、田代は口を開いた。
「私の体はもう治らない。あとは悪くなるだけ。…家族につまはじきにされて悲しむ人もいない。こんな気持ち抱えるくらいなら、くらいなら、死んだほうがいい」
田代の言葉に、ファイは胸が痛くなった。痛みをこらえつつ、ファイは田代に言った。
「でも僕はあなたが死んだら悲しいです。どんなに死を見ても慣れることはありません。やっぱり辛いし、悲しいです。場合によっては自分の時と重ね合わせてしまい、気持ち悪くなることもあります。…少しでもいいです。死にたくないって思ってほしい。…死にたいと思って…ほしくない」
田代は困惑の表情を浮かべた。ファイからそんなことを言われるなんて思わなかったのだろう。
 ギクシャクした状態のまま、夕食の時間を迎えた。田代は黙って夕食をとった。一方で、ファイはこのまま1日が終わってしまうのではないかと、不安になり始めていた。しかし、ファイの心配とはよそに、その時は刻一刻と近づいていた。
 目に見えて状況が変わったのは、19時半を回った頃だった。時々辛そうに息をつき始めた。
「大丈夫ですか?少し横になりますか?それともナースコールしましょうか?」
「少し横になるわ。どうせ今日死ぬのわかってるんだから、ナースコールはしないでいい。うるさくなるのは嫌だし」
田代はそう言い終わると、苦しそうにハアハアと息をついた。ファイは田代が横になるのを手伝った。田代は息をするのがやっとのようで、ただ荒い息をついた。ファイは何も言わず、それを見つめた。どれほどの時が経った頃だろうか。田代の呼吸が弱くなり始めた。田代がうっすら目を開けた。
「ねえ…死にたいなんて思わないでって言ったよね」
「…はい」
ファイは静かに答えた。
「ごめん。それは無理みたい。…こんな苦しみが続くなら、早く死んでしまいたい」
ファイは何も言わなかった。
「でも…あなたに会えてよかったと思う。…少なくともただ1人は、自分のことを思ってくれる人がいること…わかったから。…ごめんね。辛い目にあわせて」
「いえ。これもまた自分の選んだ道です」
「…ありがとう。…最期にお願い」
「何ですか」
「…抱きしめて下さい…」
思わぬ願いに、ファイは少しびっくりした。しかしすぐに微笑んだ。
「はい」
ファイは田代のことをその胸に抱いた。田代は強く、ファイの服をつかんだ。田代はしばらくがんばっていたが、やがて意識を失った。体が重くなるのを感じ、つかんでいた手が、力なく足の上に落ちた。ファイは田代の体を強く抱きしめた。間もなく、田代の体から魂が抜け出てきた。魂はファイのことを見つめるように、空中に浮かんだ。ファイは魂に微笑みかけた。
「行きましょうか」
ファイは田代の体をベッドに寝かせると、ケージを取り出した。魂はケージに収まった。ファイはバッジを外し、ナースコールを押してから病気を後にした。
 午前0時。いつもの場所にラファエロは下りてきた。
「今日もご苦労だったな、ファイ。…どうかしたか?」
表情を曇らせたままのファイに、ラファエロは心配そうに声をかけた。
「…いえ」
ファイはそう言うのが精一杯だった。
「ファイ」
名前を呼ばれ、ファイはラファエロのことを見た。
「私達もおまえの感情を縛ることはできない。無理はしなくて良い。今日はゆっくり休め」
「…はい」
ラファエロはファイの心配をしつつ、空へ上っていった。1人になったファイは、今日1日のことを思い出した。そして、ある田代の言葉が頭をよぎった。
(こんな苦しみが続くなら早く死んでしまいたい、か…。苦しみを感じ続けた人は、やっぱりそう思ってしまうのかもしれない。…それでも…僕は…)
ファイは空を見上げた。
 ファイはその夜、答えの出ないことを、とりとめもなく考え続けた。
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