D.Gray-man

□惑乱の微笑み
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「よっ! ラビ。久しぶりだね」
 そういって背後から覆いかぶさってきたぐるぐる眼鏡の如何にも胡散臭い男に、ラビと呼ばれた青年は如何にも不本意という顔をしつつ覆いかぶさられたまま顔だけ振り返る。
「ティキ…自分から約束しといて遅いさ」
「悪いね、出掛けにちょっと邪魔者がね」
 さも詫びれた風もなくそういいのける男――ティキ・ミックは、にんまり笑うと分厚いレンズの黒ぶち眼鏡をグイッと頭の上に引き上げた。現れた顔は10人いれば10人振り返るだろう程の美貌がそこにあった。
(今日は白か…。)
 見上げた男の姿に思わず瞬間的に観察の眼差しを向けると、ティキはにっこりと再び笑みを向けてくる。
 その人好きのする笑みを湛えた男を目にすれば、ラビは怒るだけ無駄だと諦めの溜息を吐いた。
「解った解ったさ、もう解ったから離れろ」
 待ち合わせにやってきた噴水の前――しかも街の往来ど真ん中――で男が男に熱い抱擁をしているさまなど、どう考えても普通の域をとうに逸脱しているわけでラビは人の視線に居心地の悪さを感じ身じろいだ。
 そんなラビに気分を害することもなく、クイッとラビの顎を長く麗しいと形容するに相応しい指で捕らえるとそっとその顎を上向かせる。
「相変らず可愛い顔して。遅れたから心配してくれたの?」
 瞳を覆っていた眼鏡がなくなったことで、現れたヘーゼルの瞳が太陽の日差しでキラキラと虹彩をよりきらびやかなものにして。光を直視したわけでもないのにラビは眩しさに目を細める。
「そんなわけないさ。もうちょっと遅かったら帰ってやろうと思ってたさ」
「じゃぁオレはついてるな。」
「は? あんた耳が悪いんさ?」
 帰るつもりだったと言っている自分のセリフに"ついている"だなどと言ってのけるティキの言動に全く持って理解が不能だと言う顔でラビの眉がよった。
「だってラビが帰る前に辿り着けた。これってついてるだろ?」
(ほんと、こいつってば理解不能。)
 特に白のときは尚更理解に苦しむ。などと思いながら笑う男をじろりと見つつ、ノアの力を解放した黒の時とは違う柔らかな瞳を見てしまうとそんなことすらどうでも良くなるような気がして。
(ダメさ…染まっちゃいけない…忘れるな、こいつは…ノアなんさ……。)
 揺らぎそうになる自分の意思を叱咤するように一瞬瞑目する。
「もう、良いからは・な・れ・ろ!」
 尚も離れる気がなさそうな男の腕を引き剥がすように身じろぐと、やっとのことでティキの腕が緩んだ。
「何でそんなに嫌がるんだ? あ、解った。大丈夫だって、ラビに会うからちゃんと綺麗にしてきたもん」
 誰もがうらやむ美貌の持ち主は、白である日頃は孤児の仲間たちと放浪生活をしている。
 そのため飲食は愚かその日の宿がないこともしばしばで、身なりに気を使ったりする暇などなく汚れ放題だったりなんてのは良くあることだった。
 黒のときは一部の隙もないほどに身なりが整っているだけに、そのギャップの激しさは並じゃない。
 本来汚れることなどないのかもしれないが、"人間"の生活というのを謳歌している男にはそれすらも遊びの一つなのかもしれない。
 目の前の緋髪の青年が執拗に邪険にするのは普段見る白のイメージから、そのことを気にしているかとティキは勝手に見当をつけて自分が綺麗にだというのをアピールするために石鹸の匂いが香る衣服のまま再度抱きついてくる。
「ね? 綺麗でしょ」
 とまるで子供のように無邪気な瞳を向けてくる男にラビは軽く頭痛すら覚えて。
「だから、そんなことはどうでも良いさ!! いや、どうでもよくないかもしれないけども!! そう言うことじゃないっつーの!」
 癇癪を起こしたようにそう言い連ねるラビに驚いた瞳を向けてきたと思った男は、次の瞬間にニヤリと笑った。
(こいつ絶対揶揄ってるさ!!!)
 ニヤリと笑う男はまるで何もかも見透かしたような目をして見つめてくるので、ラビは自分の頬がひどく熱くなるのを感じて俯いた。
 俯いたラビにティキは腰に手を当てると軽く首をかしげるようにして表情を窺おうと身をかがめる。
「ラービ」
「…なんさ」
 のんびりとした掛け声にラビは俯いたままふてくされたような声で返答する。
「こっち向いて」
「やだ」
 媚びるような甘い声で請われるのを即座に拒否すれば、少しだけ困ったようなトーンに変わった声が返ってきた。
「久しぶりに会ったんだからさ、顔よく見せて?」
 俯いた自分の上にさらに影ができて。ティキの顔がすぐ側まで寄ったのがわかった。
 そっとぶつからぬ程度に顔を上げれば蜂蜜色の瞳とぶつかる。その眉が寂しそうに眉間にしわを寄せているのでキュっと胸が締め付けられたきがした。
「…あんたずるいさ」
 心に浮かんだ率直な感想をのべれば「なにが?」と、不思議そうな顔をされて。
「なんでもない…」
 俯こうとするラビの頬を優しい指先が撫でるので苦笑しながら諦め好きにさせてやる。
 許しを得た男は嬉しそうにラビの腰に腕を回して、柔らかな口付けを頬に落としてくる。
(ああ、もう…調子が狂うさ。)
「何処いきたい? 希望があれば聞くけど」
「別にない」
 腰に回した腕はそのままに歩み始める男の歩調に合わせながらラビは軽くかぶりをふる。
(そんな優しい目をして、笑わないで欲しい。)
「そう? じゃぁねぇ――」
(あんたがどんな奴なのか、何をしてきたのかなんて知りすぎるほど知ってるのに…。)
 柔らかな笑みをのせて自分に話しかけてくるティキに「あんたにまかせる」と全て任せて。
「わかった、じゃぁとっておきの場所につれてってあげるよ」
 全てをまかされたティキは嬉しそうにしながら喧騒の中ラビをエスコートしながら歩きはじめる。
 それを"心地良い"などと思ってしまう自分に苦笑いしてしまいながらラビは導かれるままに歩みを向ける。

(そんなあんたの全てを許してしまいそうになるから…。)
(だからお願いだから、笑わないで…惑わせないで…あんたを愛してしまう前に――……。)


 END

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