D.Gray-man

□声を聞かせて?
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 手にしたトレイを片手に持ちラビは軽くノックをして部屋の中に入る。
 清潔さを絵に描いたような真っ白で寒々しい部屋の中に入ればけたたましい騒音であふれていた。
 騒音を気にすることなく部屋の中に入ると中には少し年めした看護婦が一人いた。
「こんにちはクロちゃんの様子どうさ?」
 今日も一つあいたのであろうベッドを整えていた看護婦にそう問いかければ、首を僅かに振られてまだ目覚める気配はないと言われる。
 その言葉にほんの僅かだけ青年の表情が曇ったが、それも一瞬のことであった。
「そっか。」
 そういって愛想良く看護婦に微笑んで手にしたトレイを持ったままクロウリーのベッドへと近付いた。
 ベッドメーキングを終えた看護婦は何かあれば呼ぶようにと付け加え病室から出て行った。
 それに頷くとラビは備え付けのテーブルに持ってきた食事のトレイを置きベッドのふちに腰掛ける。
 ベッドの中を覗き込めば鳴り響く騒音――腹の音――とは裏腹に静かに目を閉じて眠るクロウリーがいた。
 顔色は初めの頃に比べれば随分といいが目覚める気配がまだ一向にないようだった。
 目が覚めたらと思って持ってきた食事は今日も無駄になってしまうようだったが、それはあとで自分で食べることにしようと納得させて。
 ラビは微動だにせず眠るクロウリーへとそっと手を伸ばしてその頬に触れた。肌に触れる体温はひんやりと低く少しドキリとする。
 元々余り体温が高くないのだと以前聞いたことがあったが、こういう場合だとひどく不安になってしまう。
 だがそれも、この部屋中にけたたましく鳴り響く腹の音を聞けばクスリと笑みを浮かび心に浮上した暗い気持ちを払拭させてくれる。
 迷惑極まりないだろうこの音も、彼が生きている命の響きだと思えば今のラビには何も気にならなかった。むしろそれは喜ばしいことだとも言える。
「クロちゃん、今日も色々有ったさ。俺のイノセンスはまだ直らねぇし箱舟についての記録はさせてもらえねぇし、ホント色々…」
 暫く頬に触れていた手のひらをそっと口元へと滑らせて指先でなぞる。指先に触れる唇は少し水分が足りなくて僅かにかさついていた。
「皆無事に戻ってきたさ…ホームに。クロちゃんにも早く案内してあげたいさ絶対ビックリする」
 かさつく唇を撫でながら、だがしかし、この唇が触れてくるとどうしようもないくらいに胸が熱くなった事を突如思い出した。
「皆…元気だよ?」
 一つ思い出せば、思い出が滝のようにあふれてきた。
 囁かれる愛の言葉も、その仕草も、一つだってもらさず覚えてる。

 自分を呼ぶあの声も…。

「っ…」
 思い出すとたまらなく聞きたくなってしまう。
 永遠の別れであるわけではない。
 目はいまだ覚めないが命の危険は去ったといわれた。
 解っているのに、急にたまらなくなった。
「ねぇ、クロちゃん? 早く目を覚まして?」
 そしてどうかあの時のように笑ってほしい。

 "大丈夫である…"

 彼の旅が始まったあの場所で見せた微笑み。
 自分を愛しているといってくれたあの優しい声。
 すっぽり包む長い腕、ほんのりと香る甘い香り。

 こんなに側にいるのに、今は少し遠い。

 だからどうか早く目を覚まして。
 大丈夫だと言って、安心させて。

「クロちゃんの声が、聞きたいよ…。」
 ぽたりとこぼれた一滴の涙が、かさついた唇をそっと潤した。


 END

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