D.Gray-man

□恋に落ちる瞬間
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 ――こんなはずじゃなかった。
 予期せぬ結果に青ざめるラビをにこにこと見つめるアレンに、ラビはなんとも形容しがたい汗が流れてきた。
 
 ことのきっかけはただのチェスだった。
 ラビは特別任務もなくの時間が空いて暇であったので、談話室でブックマンとチェスをしていた。今回はなかなか調子がよくブックマンにも勝てそうなくらいだったのだ。
 するとそこにアレン・ウォーカーがやってきて一勝負することになった。
 結果はラビの勝ちでアレンは凄く悔しそうな顔をしたのであった。
 当然負けて引き下がるわけもなかったアレンに数度にわたり再戦を申し込まれる事になり、ラビも特別断る理由もなかったためそのまま勝負を受けていた。初めは側にいたブックマンも数度目の対戦後、用事が出来たとつげ談話室から出て行った。
 そして最後の勝負になった時、アレンがこう言ったのだ。
「ねぇ、ラビ。最後は賭けをしません?」
「賭け?」
 ラビは自駒をチェス盤に並べながらアレンを見る。
「そうです。どうも僕は賭け事をしてたせいか商品が無いといまいち火がつかないみたいなので、何か商品を作りましょうよ」
「はぁ、そういうもんか?」
 確かに景品があるとやる気が段違いだという気持ちは何となくわかるが、ただの気晴らしなのだからそんなに必死になるようなゲームでもないだろうに。とラビは思ったのだが、それでも断る理由もなかったため頷いたのだ。
「じゃぁ、こうしましょう。負けた者は勝った者の言うことを一日なんでも聞いてあげるんです」
「は? い、一日? 長くないか? それになんでもって言うのも」
 一勝負で決める罰としては些か厳しいのではと思った。ラビの提案にアレンは考えると追加事項を加えた。
「ん〜そうですね、一応ルールとして他の人に迷惑になることは命令できません。あくまでもその人だけが出来ることのみだけです。」
「うーん…一勝負で一日ってなんか厳しくね? 一回パシリするとかそういうんじゃだめなんか?」
 息抜きでやり始めた一ゲームに自身の一日をかけるというのはやはり長い気がするのでそう告げたのだが、
「おやラビ、自信が無いんですか?」
 とアレンがにっこり問いかけてきたため思わず閉口してしまう。明らかにそれと解る売り言葉だった。
「……そんな事無いさ。オレはアレンのために言ってるんさ」
 見え見えの売り言葉など受け流せば良かっただけの事なのだが、それをさらりと受けながすにはラビは随分と負けず嫌いだったようで、平静を装いつつも買い言葉をはいてしまう。
「僕負けるつもりありませんから。負けなきゃしなくていいんですし」
 アレンの言うことは正論だが、なんとも自信たっぷりに言ってくれるものだと更にプライドを刺激され負けてやるものかという気になってしまう。
「アレンがいいって言うならもう何も言わないさ」
 駒を並べ終えラビはそう言うとアレンへと向き合った。
 ラビ自身勝算がなかったわけではない。今に至るまでのアレンの手管を見る限りではお世辞にも自身に張り合うほど強いとは言いがたかった。仮にアレンがワザと手加減して素人の振りをしていたのだとしても、自分はそれなりにやれる自信があったのだ。そして当然こんな賭けに負けてやるつもりもなかったわけで。
 
 だから油断していたのかもしれない。

「じゃぁ賭け成立ですね」
 そういってにっこり笑ったアレンは今思えば非常に不適だったと思うが、その時のラビはちっとも気がつかなかったのである。
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