Pumpkin Scissors

□七夕の魔法2
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 ***


――七夕ねぇ…。
 階段を下りながらふと先のマーチスとの会話を思い出した。
 今日は学園の雰囲気がいつにもましてそわそわとしていたとことを不思議に思っていたがそう言うことだったのかと、オレルドは改めて今日感じた学園の違和感に一人納得する。

 この学園には七夕にちなんだジンクスがある。
 七夕の当日。つまり七月七日の日に誰にも見られずに短冊を笹に結べると想い人と結ばれることが出来るとか、誰もいない笹の前で想い人を願うとその想い人があらわれ二人の距離を近づけてくれるなどというものだった。
 その他にも噂は色々と出回っているがどれも聞く者の都合のよさそうなものばかりで、正直眉唾であろうとオレルドは思っている。
 そんなことで願いが叶ってくれるのであれば苦労はしないだろうに…人と言う生き物はどうもこういった類の話には弱いらしい。
 昨年も何処の笹を狙うか、何時にするか、などと意図的に短冊を提出しなかった輩がそんな話をしているのを耳にしていたなとオレルドは思い出す。
 恐らく明日もそんな話題でクラスは賑わうのだろう。本当に馬鹿らしいとオレルドは苦笑を禁じえない。そんなことに時間を割く暇があるのなら、本命にアタックするために時間を割いた方がずっと現実的ではないかと思った。
 が、しかし今の自分の状態を思い直せばそうも行かないかと思わず誰に言うでもなく一人ごちた。
「…何やってんだろうな…俺。」
――らしくねぇ……。
 脳裏に浮かんだ人物を思えば自然と胸の痛みと溜息がこぼれて、オレルドは下駄箱で外履きに履き替えると代わりに室内履きを突っ込み昇降口を出た。
 肩にカバンを担ぎ上げて、モヤモヤとした思考のままに正門へと向かおうとしたその矢先――。
 サラサラと葉のこすれる独特な音が聞こえて、何気なく視線を向ければ次の瞬間ドキリと心音が跳ね上がった。
 ゆっくりと踊り場から笹を抱えた見慣れた大きな体躯。いまや自分の心の領域を占めてやまないその姿。
 大きな笹を苦もなく抱え上げてはいるというのに、どこか覚束無いような頼りないそんな印象を受ける女子生徒――ランデル・オーランドの姿がそこにあった。
 身の丈を軽く超える笹を抱えながらなにやらキョロキョロと辺りを見回しているオーランドにオレルドは困惑気味な眼差しで見やる。
――何やってんだあいつ。
 不思議に思いつつ、なにやら困っているのならば助けぬわけにも行くまいと、まるで自分を納得させるための言い訳のように思いながらオレルドはオーランドへと歩みを進める。
「よ、デカブツ」
 脅かさぬように声をかけると笹を抱えたオーランドが笹の陰からひょっこり顔を覗かせた。
「あれ? オレルド先輩? こんにちは」
「おう。七夕の準備だって? 大変だな」
 猫背気味に見下ろしてくるオーランドに苦笑を浮かべながらオレルドは準備に対する正直な感想を述べる。
「そうですね…でも俺こういうことしたことなかったから結構楽しいです。」
「へぇ? 俺はめんどくせぇと思うけど…つーかさっきからお前なにしてんだ? なんか探してるのか?」
 オレルドと会話を交わしながらも終始キョロキョロと視線をめぐらすオーランドの不可解な行動に先の疑問を思い出しオレルドは問いかける。
「え? ああ…紐をどっかに落としちゃったみたいで…探してるんですけど…」
「は? 紐? …ああ笹結ぶ奴か。そんなの余ってんの貰えば良いだろうが」
「そうなんですけど、なんか悪いかなぁって思って…」
「…お前そんなところ遠慮してどうするんだよ。それじゃいつまでたっても終らないだろ?」
 オーランドの不可解な行動の意味をやっと理解したものの、返ってきたその答えに半ば呆れ気味にオレルドが告げれば、その事実にはじめて気付いたという顔でオーランドは目を瞬かせた。
「…それもそうですよね…貰ってきます」
 そう言うや否や紐を貰いにパタパタと忙しなく走っていくオーランドの背中をオレルドは不安そうな表情で見送った。
「大丈夫かね、アイツ」


 ***


 余りにも慌しく走っていくので、転ぶんではないかというオレルドの懸念は杞憂に終り、無事に戻ってきたオーランドは踊り場のポールに笹を固定するするために現在紐と格闘をしている。
「先輩は何かお願い事書きましたか?」
 手を動かしつつオーランドが問いかけてくる。
「俺? 俺は別に書いてないぜ」
「え? でも短冊配られましたよね?」
 オレルドの返答に作業の手を止め、不思議そうに見てくるオーランドの目がその作業を見守っていたオレルドの目と合った。ドキリとオレルドの鼓動が跳ね上がる。
「ま、まぁ一応。でも毎年そうだし、特別書きたいこともねぇし」
 願いたいことがないというのは嘘であったが迷信やジンクスを信じていないオレルドは行事とはいえそれを書く気にはならなかった。んなオレルドの言葉にオーランドは寂しそうに眉を寄せると口を開いた。
「そんなのダメですよ」
「え?」
 思いのほか強い口調でオーランドがそういったので、オレルドは驚いた顔をした。
「あ、ごめんなさい…でも折角の七夕じゃないですか…先輩ももう3年生ですしこんな機会はもうないかもしれないでしょ? だから思い出に…何か書きましょうよ」
 オレルドの驚いた表情に自分の失態に気付いたオーランドは僅かに恥ずかしそうに目を伏せつつもそう言葉を紡いだ。
「……」
――思い出…か。
 オーランドの主張にオレルドはそういう考え方もあるかと思った。
 確かに自分は三年で、来年には卒業をしてしまう。願いが叶う叶わないはともかくとして、オーランドと一つでも多くの思い出を共有するのだと思えば、それは非常に素晴らしいことのように思えた。
「…そうだな、今年くらいは飾るか……あ、でも俺短冊もってねぇな」
「え?」
 イベントへの考えを改めたところでふと朝方に貰った短冊の行方を思い起こす。
 朝クラスメイトに回された短冊を受け取ったところまでは覚えている。が、しかしそこからがよく覚えていない。
「捨てちまったってことはないと思うが…」
 しきりに思い出そうと思考をめぐらすのだが、興味がないことはつくづく忘却してしまうためそう易々とは思い出せなかった。
「あ、じゃぁ先輩これ使ってください」
「ん?」
 オレルドが唸っていると何やらハタと気付きしゃがみ込んだオーランドは背後のカバンをあさりはじめた。
「…あった…はい、これ。」
 唐突にしゃがみこんだのと同じくらい唐突に顔を上げたオーランドにドギマギしつつも、差し出された手元を見れば何もかかれていない短冊がそこにあった。
「どうしたんだこれ」
「俺、お願い事書く時に凄い失敗しちゃって…ですね、そうしたらマーチスさんが予備にってくれたんです。これはそれの余りなんですけど…」
「ははは、お前らしいな。…んじゃぁありがたく貰っとく。明日にでも書いて持ってくるよ」
 短冊の経緯を聞くと、その事態をリアルに想像できて思わずオレルドは笑いながらもオーランドの好意をありがたく受け取る。そして今度こそなくさぬようにと短冊をカバンにしまった。
 恥ずかしそうにしていたオーランドもそれを見て嬉しそうに微笑む。

 そんなオーランドに冷たくさすような視線が向けられていたことに、このときはまだ誰も気付かなかった――。



3へ続く

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