Pumpkin Scissors

□七夕の魔法1
1ページ/1ページ


 屋上での事件が起きてから早くも二ヶ月が経とうとしていた。
 麗らかな春の気候は七月に入り暑い夏へと確実に歩みを向けている。
 二人の関係はあれからこれといった進展もない。
 ランデルも今まで通り変わらずオレルドに接してくれていた。本当に何も変わらず今まで通りだ。
 だが、変わらな過ぎるその事実にオレルドは逆に気分が滅入ってしまう。
「あいつ…どう思ってんだ?」
 正直オレルドは自分の気持ちをもて余していた。
 ランデルのことが好きである事実に気付いてしまった。それは認めるのだが、今更どうしたらよいのか。
「満更でもないと思ったんだがなぁ…」
 そんなことを思わず一人ごち、今日も一人やってきた屋上で小さくため息をついた。
 弾みだったとはいえ二人はキスをした。
 突然のアクシデントであったが、ランデルは抵抗するどころかむしろ受け入れてくれた…ように思う。満更でもないと思うのは至極当然ではないのか。
 だが、満更でもなかったように見えたランデルは、あの日から別段変化もなく。かといってあの日のことを聞きもしない。
 弁解をすることも出来ず、ましてや思いを告げる機会など与えてもらえるわけもなく。オレルドはランデルの気持ちをどう捉えて良いのか分からなくなってしまった。
 今更自分のことをどう思っているのか? などと聞くには日も経ち、きっかけすら失って事態はどうにもこうにも行かなくなってしまっている。
「ああーもうわかんねぇ…!」
 オレルドは湧き上がるジレンマに頭をガリガリとかくと勢いよく起き上がった。
「ハァ……帰るか」
 小さな溜息をこぼしそう呟くとオレルドは体のバネを利かせて屋上の入口屋根から飛び降りる。難なく床へ着地すると出入り口のドアを開け下校時刻のとっくに過ぎた校内へと戻っていった。


   +++


「な、なんだぁ?」

 下校時間を過ぎた校内の状況にオレルドは暫し戸惑いを滲ませた声を上げる。
 いつもなら人もまばらでどちらかと言えば人気がない校内。だが目の前の状況といったらどうだ。
 ざわざわと騒がしい2年生の廊下にはまだ多くの生徒が残っており廊下を占領していた。オレルドはこの奇妙な人の群れに思わず階段を下りる姿勢のまま足を止めてしまう。
 困惑に眉根を寄せながら状況を理解しようと辺りを見回せば生徒達の中心によく見知った顔があることに気付き歩みを向ける。
「あ、おい、マーチスなにやってんだ?」
 マーチスと呼ばれた少年は呼び声に顔を上げるとオレルドに気付き生徒に指示をしていた手を止めた。
「あれ? オレルドまたサボってたの?」
「…お前出会い頭に失礼だろ」
 オレルドに気が付くや否やそう返してきたマーチスに思わず苦笑を禁じえない。
 確かにサボっていたわけだが、余りにも疑うこともなく言われると正直気分が良いとは言えない。
「でもサボってたんでしょ? ホントオレルドは仕方ないよねぇー単位落としても知らないよ?」
「お前仮にも先輩にそりゃないだろう。大体、単位落とすなんてダッセー事俺がするわけないだろうが」
 オレルドとマーチスは子供の頃から付き合いで、いわゆる幼馴染だ。オレルドのほうが一個上の先輩で校則を守るならば態度も口調も改めるべきなのだが、その辺りは幼馴染とあって互いに頓着しない。仮に敬語を使われたとしても、かえって気持ち悪く感じるのでオレルドも特に咎めたてることはしなかった。
「まぁオレルドの勝手だけどさ、単位落として同級生なんて恥ずかしいから止めてくれよ?」
「ホントお前失礼な」
 マーチスの悪言に顔をしかめつつ、オレルドは僅かな腹いせにマーチスの髪をガシガシと掻き乱してやる。
「ちょっとオレルド! 乱れるって!」
「ふん、自業自得だ」
 オレルドは鼻を鳴らしスッとした気分でマーチスをみる。
「もー…んで? 何か用事? 3年生はもう下校してるよね?」
 ぶつぶつと文句を言いながら乱れた髪を直しつつ、オレルドがここにいることを不思議そうに問いかけてきた。
「ん? ああちょっとな…っていうかお前達何してんだ? お前達だってもう下校時刻だろ?」
 改めてせわしない周囲を見回して最初に思った疑問を問いかける。
「ああ〜明日七夕だろ? 生徒会の会議の結果で今年は2年と1年全員で準備をすることになってね。明日に向けてこれから笹飾りをするんだよ」
「七夕? ああもうそんな時期だっけか…これから笹とりいくのか?」
「ううん。笹は別の人が取りに行って一階の踊り場に運んでくれる手筈なんだ。僕達はこれから各学年から回収した短冊を笹に飾りに行くんだよ」
「そういやぁ朝そんなの配られてたな」
 よく思い出してみれば朝のホームルームでそんなものが渡された気がしたが、興味の薄いことは早々に忘れてしまうオレルドはすっかり頭の中から消え去っていた。
「全く…」
「言うな」
 そんなオレルドの性格を知っているマーチスは苦笑して何か言おうと口を開くが、それをオレルドに制されそこへ別の生徒に呼びかけられたことによってそれは叶わぬこととなった。
「マーチスさん短冊につける紐って何処ですかー?」
「マーチスさんビニールテープって何処に…」
「ああ、それは…」
 忙しなく声をかけられ他の生徒達に慌てて指示を返すマーチスを隣でみつめ、オレルドは自分が作業の邪魔をしていたことに改めて気付いた。
「わりぃ邪魔しちまったな」
 苦笑し頭をかくオレルドにマーチスは「そんなことないよ」と笑って見せて、「じゃぁもういくね」と軽く挨拶をすると生徒達の輪に戻っていった。
 その後姿を見送るとオレルドは一階の昇降口へと歩みを向ける。その際何人かの女子生徒とすれ違う。
 オレルドと視線が合うや否や「きゃぁ〜v」などと黄色い声を上げ"恥ずかしい"といわんばかりの仕草でモジモジとしながら、だがしかし強烈にオレルドへアピールをしてくる女子達の視線に差し障りない程度に笑みを贈っておくのはいまやもう日常だ。そこに特別な気持ちなど存在しない。
 どれも見目のよさそうな者達ではあったが、今のオレルドの興味を引くほどのものでもなく。そんな女子生徒の存在もすれ違い視界から消える頃には意識の隅から薄れ始め、一階へ向かう階段の手摺に触れて足を踏み出した頃には記憶の端からも失せていた……。



2へ続く

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ