Pumpkin Scissors
□星空の下で
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星空の下で
「…ブツ…デカブツ」
かすかに聞こえる声にランデル・オーランドは常闇の夢から目を覚ます。
「オレ…ルドさん…?」
ランデルがぼんやりと見上げれば、薄暗いテントの入口からオレルドが覗き込むようにこちらを窺っている。
「魘されてたが、大丈夫か?」
「あ…はい…大丈夫です。」
三課に嘆願書が送られてきて、その調査のために訪れた土地。
アリス達は別件で抜けられぬ任務があり、嘆願書の内容からみてもそれほど人数がいらぬと判断しオレルドとランデルの二人で調査にやってきた。
状況が芳しくなく二人でどうにもならぬようならば、改めて指示を仰ぐということで現地に向かったのだが、いざ出発してみると思ったよりも時間がかかり調査地にたどり着く前に夜を迎えてしまった。
夜間に動き回るのは得策ではないと言うオレルドの判断で、今夜は二人でキャンプを張る事になった。
火を絶やさぬために二人で交代で火の番をしようと言うことになり、それまでは仮眠をとることにしていたのだ。そのオレルドがここにいるということはもう交代の時間になったのだろうかとランデルはゆっくりと体を起こした。
「あの…交代ですか?」
「いや、まだ時間じゃないぜ。あんまりに苦しげだったからちょっと心配になってな。」
ランデルの額に浮かぶ汗をオレルドがぬぐってやりながらそう告げてくる。
「あ…迷惑かけちゃって済みません…」
ランデルが申し訳なさそうに身を縮める姿にオレルドの眉が僅かに寄る。
「そういう言い方すんなっていつも言ってるだろ?」
そういってオレルドがコツンと軽くランデルを小突いた。
「あ…はい…そうでした…」
いつもランデルが悲観にくれた態度をとると「なんでも自分が悪いなんて考えるんじゃねぇ。」とオレルドに言われた。悪くないことまで悪いということ自体"悪いこと"なのだと。
「お前が悪くないのに悪かったふりをしたら本当に悪い奴は悪い事だと気付けなくなっちまう」とそういわれたのだ。
色々なことがありすぎて、諦めることになれてしまい。全てを自分の責任にしまう癖がついてしまった。
長い間に形成されてしまった性分はそうなかなか変わることが出来ず、よく怒られる。
それでもオレルドが毎回何某かの方法でそれを注意してくるので、少しずつではあるのだが自分の中で良し悪しの判断が戻ってきたような気がする。
思案にふけった様子のランデルの頬にそっとオレルドの手が触れる。
ハッとして見上げると、暗がりでもはっきりと"見られている"とわかるオレルドの強い視線がこちらを見ていた。
ドキリと心臓が高鳴りランデルが目を逸らせずにいると、オレルドの瞳が柔らかく細められそっと手の甲で頬を撫でつける。
「まだ時間はある…もう少し眠ったらどうだ?」
「…いえ…なんだかもう目が覚めちゃったみたいです…」
「そっか……じゃぁ来いよデカブツ。いいもの見せてやる」
ランデルの答えに暫し逡巡すると、オレルドはそっと手招きをする。
「いいもの?」
「まぁいいから」
そういってオレルドがランデルの手をとるとテントの外へと導いていく。
外に出ようと屈んだ所でオレルドに静止をかけられる。
「ちょっと目をつぶれ」
「目ですか?」
「うん。いいって言うまで目をあけるなよ?」
「はい…でも…」
靴底から伝わってくる不安定な砂利の混じる地面に、ランデルは少し不安そうな声を上げる。
「大丈夫だってちゃんと手を引いてやるから。俺を信じろ」
「はい…」
オレルドの言葉に不安そうにしていたランデルが決心したように目をつぶったまま一歩踏み出しテントから出た。
ランデルが出てくると、オレルドが歩調に合わせてそっと手を引いてくれる。
そのままザクザクと暫く歩みを進めると、オレルドが見張りのために暖を取っていた場所に辿り着いた。
「よし、もういいぜ。デカブツ見てみな」
オレルドの言葉にランデルはそっと目を開けた。
だが目の前には焚き火の火が揺らめいているのと、持ってきた荷物がある程度でこれといって目ぼしいものはなくランデルは不思議そうに首をかしげた。
「?」
「違う違う上だよ上。空を見てみろ」
困惑気味のランデルに小さく笑いオレルドは親指で空を指す。
「え? 空? ……わぁ!!」
オレルドの言うまま空を仰ぎ見たランデルは次の瞬間歓呼の声を上げる。
見渡す限りに沢山の煌き。満天の星空が頭上に広がっていた。
余りの光景にランデルは声もなくただただ星々に見とれるばかりだった。
「ほら、こっち座れよ。コーヒー煎れてやる」
「…はい…」
感動のまま動けずにいるランデルの手をそっと引いてやり座らせると、オレルドは湯を沸かすべく手鍋を火にかける。
「この辺りは空気も綺麗だし街灯がほとんどねぇ田舎だからな。星が良く見える」
「…とっても綺麗です…。」
うっとりと微笑み空を見上げるランデルの表情を焚き火越しに眺め、オレルドが小さく呟いた。
「お前の方が綺麗だけどな。」
「……何か言いました?」
ランデルが空から視線を移しきょとんとした表情でオレルドを見つめてくる。
濁りのない瞳がキラキラと星空を映し、まるでそれ自体が一つの宝石のように煌いている。
過酷な戦場を生き抜いてきたとは思えない、それを微塵も感じさせぬピュアな眼差し。
(吸い込まれちまいそうだな……)
「…いや? 何にも言ってねーよ。」
オレルドはそっと首を振りながら微笑み、ランデルの方へと手を伸ばすとのランデルの髪をくしゃりと撫でる。
「そうですか?」
オレルドの優しい指先がそっと触れると気恥ずかしさとくすぐったさに、ランデルは身をよじって小さく笑う。
「本当はお前に見惚れてたって言ったらどうする?」
「そ、そんな…からかわないで下さい」
オレルドの言葉に顔を赤面させてランデルはモジモジと恥ずかしそうに目を逸らす。
そんなランデルの仕草に堪らない愛おしさを感じ、オレルドは立ち上がり互いの距離を詰めると、そっと額に口付けギュッと背後からランデルを強く抱きしめた。
「可愛い奴…」
耳元で呟かれる言葉にこそばゆさを感じながらも、力強いオレルドの腕と暖かなぬくもりに、ランデルは僅かに体の力を抜いてオレルドに身をもたれる。互いの体を通して互いの鼓動が聞こえる。
そっとランデルが見上げれば優しげに微笑むオレルドの瞳と会い、ランデルの瞳が自然と閉じられる。それを合図としたように、自然にオレルドが唇を寄せる。
夜空の下で密やかに逢瀬を交し合う二人の頭上に星が一つ流れた……。
END