Pumpkin Scissors

□Angel
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 情事の後の気だるさに微睡んでいくそんな中で、隣ですでに寝入っている大きな体躯に視線を流す。
 任務の無事完遂を祝ってなど言う理由を無理やりこじつけて、自分の部屋までデカブツを誘い込んだ。酒を飲んで勢いの付いたところを久々の逢瀬ということもあってか、随分激しく求めたと思う。
「ちょいとイジメ過ぎたか?」
 つい先刻までの熱い時間とデカブツの痴態を思い起こせば思わず緩む頬。少し疲労の現れた寝顔を見つめながらデカブツの前髪を特に理由もなくそっと手に取る。
「…んっ…」
 刹那もぞりとデカブツが身じろいだが、特に目を覚ました様子もなくもぞもぞと温もりを求めて身を寄せてきた。そんな様にまた俺の頬は緩んでしまう。
 再び静かにスヤスヤと眠り続けるデカブツを見ながら俺は最近よく思うことをぼんやりと考える。
 時折、ふとした瞬間…そう、たとえば今日のように激しく愛し合って、こいつがオルガスムスに達するときとか。次の日の朝、日の光を浴びた目覚めの時とかそんな瞬間。デカブツの背中に白い大きな羽が見えることがある。
 そんな時俺は、実はこいつは神様ってのが哀れな人間につかわした天使なんじゃなかろうかとか思ってみたりして。
 そんなことあるわけがないと自分の考えを否定しながら、それでも天使って言うのは本当にいるんじゃないだろうか…とか馬鹿なことを考えたりする。

 そもそも、天使って言うのはなんなのか。

 聖書の中には度々存在しているわけだが、ガキの頃からろくな生活をしていなかった俺にとっては聖書っつーのは縁のない書物なわけで。
 精々遊び場のひとつにしていた教会で神父の説教を聴く程度で、ガキの頃神の教えなんていうのは学んだ記憶がない。
 軍人になろうと決めてから士官学校に入った事で初めてまともにそんな知識を得たりしたが、大人になって神様ってのを素直に信じられるほど俺の心って言うのは純粋でも信仰心があったわけでもないわけで。
 だがこいつを見ていると、そういう者が本当にいるんじゃないかって信じたくなってしまう。こいつにはそういう何かがある。
 俺の思う天使って言うのは聖書で語られるような超越した存在ではなくて、限りなく白に近いピュアな人間なんじゃないかと思う。
 そんな人間いるわけない・・・こいつだって人には言えない後ろ暗い過去のひとつや二つあるはずだ。・・・そう思うのに、こいつの体中にある傷がそれを証明しているというのに。俺って奴はちょいと頭の螺子が緩んできたんだろうか。
 俺だって生まれたときからこうだったわけじゃない。人は生まれた時は皆同じ純真無垢な存在だ。
 それが生きていく過程で苦悩や絶望。生きていく為についた嘘などで生まれ持っていた純粋さを失っていく。
 だがそれを誰が責められるだろうか。人はそのままでは辛く苦しくて生きていけない。皆自分を守る為に否応なく変わっていってしまう。そういうものなのだ。
 なのにこいつを見ているとこいつは違うんじゃないかと思ってしまう。こいつは全身ズタボロなのに心はどここまでも純粋であるように思うのだ。まるで心の変わりに体を犠牲にしているように…。
 そんな人間が果たしているのだろうか? そう思うとこいつは実は人間なんじゃなくてそういう神仏的ななんかなんじゃないかとか思ったりしてしまうのだ。

そんなことをつらづらと考えていると次第に俺の意識は睡魔にさらわれていった。

 ***

 朝の光が部屋の中に行き渡る頃、日の光で目が覚める。
 どうせ非番なのだから、休みの時くらいゴロゴロしていたって文句はいわれやしないだろう。なんて思うのだが習慣っていうのは恐ろしいもので、どんなにゴロついていたいと思っても体はしっかり目を覚ましてしまう。
 仕方がないので起き上がれば朝の起抜けの一杯なんてのが飲みたくなり、そうと決まれば朝もはよからガリガリとコーヒーミルなんかで豆をひいたりしてみる。
 普段は適当にインスタントで済ましたりもするが、こういう特別な朝なんかは極上の一杯を飲みたくなる。
 辺りにコーヒーのよい香りが漂う頃、ベッドのきしむ音が僅かに聞こえ視線を向ければモゾモゾと大きな体がシーツの海を漂っているのが見て取れる。どうやらデカブツの奴が目を覚ましたようだ。
 そのまま起きるかと思ったが起き上がる気配はない。寝ているのではないのはゆっくりと軽く持ち上がっている右手でわかる。
 デカブツはシーツに埋もれながら右手を眺めてじっと動かない。
(ああ…昨日の…)
 デカブツが何をしているのか合点がいき俺はまたコーヒー作りにせいを出す。
 二人分のコーヒーカップを手にしてベッドへと戻れば、デカブツは横を向いてはいたが先ほどと変わらず右の手を眺めている。
「なんだまだ見てるのか?」
「え? あ、はい…お早うございます…オレルドさん」
 俺に気がつくとデカブツは恥ずかしそうに頬を染め朝の挨拶をしてきた。ったく可愛い顔してんなよ、襲うぞ。
「おはよう。ほれ、コーヒー。熱いから気をつけろよ」
 理性を総動員して邪な気持ちを抑えると俺はそっとカップを差し出す。俺の差し出すカップを受け取る為にデカブツがシーツの波から起き上がる。するりとシーツが肌蹴て昨日の名残が日の光にさらされて俺はさらに理性と戦う羽目になった。だが、そんなことにデカブツが気がつくはずもない。
 差し出されるデカブツの右手には昨日俺が冗談半分本気半分に糸で結び付けただけの指輪モドキが付いていて。デカブツは今しがたまでそれを眺めては嬉しそうに微笑んでいたのだ。
 経緯の程は覚えていない。ただなんとなく自分の気持ちを形でみせただけだったように思う。
 それに小さなくすぐったさを感じながら、俺はデカブツが受け取ったのを確認するとそっとカップから手を離した。そのままベッドに腰掛けコーヒーカップに口をつけ一口飲むと俺はまたデカブツに視線を流す。
 カップを両手で包みゆっくりとコーヒーをすすりながらもデカブツの視線は右手の薬指からなかなか離れない。
「…そんなに気に入ったなら本物買ってやろうか?」
 あんまりにも一生懸命に見つめているので俺が何気なくそういうと、小さくはないデカブツの瞳が大きく開かれる。
「え!? いいえ! いいです…これで十分です。」
 首をふり、ギュっと大事そうに右手を押さえるデカブツ。
「でもそんなんじゃすぐ切れちまうだろ? それだったら…」
「そうかもしれないですが…いいんです。」
「でもよ…」
 そんなに喜ばれるのなら俺としても直ぐに無くなるものではなく、ちゃんとした形で残してやりたいと思うのだが…。
「オレルドさんがこうして俺にしてくれたことが嬉しいんです。だから良いんです。」
 そういってまた右手の薬指を眺めては嬉しそうに笑うデカブツ。その背にまた一瞬だけ白い翼が見えた。…そんな気がした。
「形がなくなっても、こうしてオレルドさんが俺にしてくれた事実はなくならないから。俺はそれで満足です。」
「お前がそういうなら、いいけどよ…お前もうちょっと欲張れよな」
 俺がそういえば
「俺って結構欲張りですよ?」
 なんて笑って見せたりして。
 「どこがだよ」
って言う言葉は喉の奥に押し込めて。微笑むデカブツの顔を眺めてた。
 お前が求めるのならば俺は指輪の一つや二つ喜んでささげるのに。お前がそういうものを欲さないのは知っているからそれ以上は言わない。俺だってお前から物がほしいわけじゃないから。

 お前が天使なのか、そうでないのか俺には解らない。考えてみれば正直お前が天使であろうとなかろうと、俺にとってはそれは大した問題ではないのだ。
 俺のところに舞い降りてきてくれたこと、それだけが重要なのだ。
 …天使じゃなくても良い、悪魔でも構わない。望むことはただひとつ。このままずっと俺だけのお前でいてほしい…。

-END-

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