10/11の日記
23:11
そんなことがあったのか!!?と後にある人は語った。>10月10日 5。
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◆追記◆




―――2001年 10月10日。私はあいつに“再び出会った”。





「こんにちは!君が皆川さんだね。私、川上とも子って言います。よろしくね〜」




気の抜けた喋り方で、ほわほわしてる人だなと初対面時はそう思った。



作品が違うのにいつも私の近くに寄ってきて、凄く嬉しそうに話しだす。




「えっと・・・、川上さんは」
「“さん”ってつけなくていいよ。一部からはとも蔵って呼ばれてるから」
「いやでも、流石に。先輩だし・・・」
「堅苦しいねえ。んー、じゃあ、君の為に呼びやすいあだ名を考えとくよ!楽しみにしててね〜〜!!」
「えっ!!?」




人の話も聞かず、勝手に話を進める。で、次の瞬間に盛大にこけた。




「川上さん!!?」
「あたた・・・。うう、恥ずかしいなあ。何もないところでコケちゃうなんて」
「何してるんですか。ちゃんと前を見ないと」
「あはは〜〜〜、つい嬉しくってね」
「はあ」




この時の私は、右も左も、人間関係さえもよく分かっていないただの新人だった。



ゆきちゃんらともまだそんなに仲良くなってないし、そもそもこの時にはまだ顔見世していない。



川上は立ち上がると、ふんすっ!と謎ポーズをした。大丈夫の意味らしい。




「あはは〜〜、ありがとう皆川さん。って、うん、こう呼んじゃったらダメだよね。もう少しフレンドリーなやつを考えないと!」
「別にいいですから」
「良くないよっ!!」




いきなりグイっと来られて、ビックリした。川上はムーッと頬を膨らませる。




「良い?君はまだ分かってないからさ、少しでも丸〜〜〜く、柔らか〜〜〜くなってった方が良いよ」
「柔軟性を得た方が良いと?」
「真面目に言うとそうなるね。凄い凄い、エライエラ〜〜い♪」




頭をナデナデされたら、ちっとも嬉しくない。子ども扱いされた気がして、不愉快だった。




「やめてください」
「あっごめん。気に触っちゃったかな?」
「・・・はあ。そもそも出演作が違うんですから、ほっといてください」




川上の経歴は、知っていた。『ウテナ』とか見てたし、この時放送されている作品の殆どに出ていたから。



今まで女性役しかしていなかった川上とも子が、初の少年役を演じるとなって、業界ではちょっとした騒ぎになっていたことも。



しかもその作品はアニメ化を切望されていた作品だから、余計に。





(何でそんな人が、私に構うの?新人いびり?)




ただでさえ出演者にも容赦なく嫌がらせをしてくる人(昌也なんだけど)がいるのに、別の出演者にまでそんなことをして、精神を壊す気なのか?




「言っておきますけど、私、退く気はないですから」
「ん?何を?」
「そうやって私にちょっかいを出して、仕事を辞めさせようって言うことにです。有名な人が無名な人を蹴落とそうとしているんでしょう?上下関係厳しいからって」
「!」




そう言うと、常に笑顔を見せていた川上の顔が、初めて曇った。




川上が言葉を失っている隙に、私は逃げた。顔さえ見たくない。




(何なの、あの人は。何で私にばっかり構うの?)




新人が主役だからってだけで出演者ともギクシャクしているのに、他の主役にまで嫌がらせを受けるなんて御免だ。




(・・・なのに、じゃあ何で、あんな悲しい顔をしたんだろ)




間違っていないことを言ったはずなのに、自分が間違っているような気持ちになる。




(あーもおっ!!何なのあの人―――っ!!)




でも、あそこまで強く突き放したんだし、これで来週からは会わずに済みそう。



そう思うと安堵するところなのに、何か少し寂しかった。





**



が、翌週も行くと、めちゃくちゃ良い笑顔をした川上が嬉しそうに私に手を振っていた。




(何あの人・・・、精神力強すぎじゃない!!?)




こっちはゲンナリすることが多くて嫌な気持ちになっていたから、川上を素通りしようとした。



が、腕を強く掴まれた。振りほどこうにも、だっこちゃん人形並みにガシッ!!としがみつかれた。




「離してくださいっ!!離せーっ!!」
「ちょっとーっ!!何で逃げるのさーっ!!」
「言ったでしょ!!?「私は退かない」って!」
「そもそも誤解してない!!?私、君に対して1度でも悪口を言ったかな!!?」
「・・・」




よく思い出してみる。




『ふんふん、皆川さんって主役はこれが初めてなんだよね。私も少年漫画の主人公は初めてだから、ドキドキだよ〜〜〜。一緒だね!』


『あー、そっちに小野坂さんがいるのかあ・・・。確かにあの人、怖いよね。すぐに攻撃してくるし・・・。私もしょっちゅうやられたよ・・・。気をつけてね?』



『オンエアー見たよっ!!凄いかっこよかった!!いいなぁ〜〜〜、私もあんな風にカッコいい主役になれたらなあ。どうしてもぽやっとしちゃうから、締まりが欲しいよね』





「・・・言われてみたら、一度も悪口を言われてない気が」
「でしょ!!?私、君には期待してるもん」
「期待?」




そんなことを言われるのは、初めてだった。警戒や嫌悪はされることがあっても、期待されてると言われたことに。




「うん。君はきっと、誰よりも凄い人になるよ。私が保証する。何なら推薦人にだってなるよ!!?」
「それは流石にやめてください」
「あはは」




川上は嬉しそうにはしゃぐと、またコケた。




「川上さん!!?」
「あたた・・・、んもーっ!!またやっちゃったよ」
「何でいつもいつも、何もないところでコケるんですか・・・」
「ん?もうちょっとうまく動けたらいいんだろうけどね、どんくさい部分が出ちゃって。あはは」
「とりあえず、足元はちゃんとしてくださいよ?」




立ち上がるより早く、私は手を差し伸べる。



それを見て、川上は「あっ」と声を出した。




「やっと笑ってくれたね」
「えっ?」
「君、いつも張り詰めた表情をしてたからさ。やっと笑顔が見られたよ。可愛いね」
「っ!!」




「可愛い」と言われたことに動揺したのか、照れ隠しだったのか、せっかく掴んだ川上の手を思わず離してしまった。




「ふにゃっ!!?」
「あっ!!ごめんなさい!!」
「あははは・・・、君、「可愛い」に免疫がなかったタイプ?」
「まあ、はい」
「そっかそっか。何かそんな感じだもんね。でも勿体ない!君の笑顔は凄く可愛いから、それを見せたらすぐに誰とでも仲良くなれるよ」
「ですからっ!!可愛いって言うのをやめてくださいっ!!」
「あはははは〜〜〜。可愛い可愛い。可愛いねえ〜〜〜♪」
「川上さん!!?」





時が経ったら記憶から消えてしまいそうな、そんなたわいもない話をして。




あの時はそう思っていたけど、あの時川上が何回もコケていたのは、私を攻撃から守る為だったと後で知った。




コケる直前に大袈裟な動作をしていたのは、私に表情を悟られない為。攻撃に気づいていないのなら、それでいいと。





―――その後、可愛いと言われた笑顔をなるべく見せるようにすると、少しずつ、みんなとも仲良くなっていった。




置鮎君から連鎖して、色んな人と輪を広げていく。



その輪がどんどん大きくなっていくと、いつの間にか私の周りには作品の枠を超えて大勢の人達がいた。同じジャンプ同士だったり、全然違う作品だったり。






今の私がいるのは、川上が導いたから。川上があの時私に声をかけなかったら、そもそもこの“世界”にいなかったと思う。




(―――なのにあいつは、死んだ)




**




10年前、作品の枠を超えて、川上と合同企画が出来たらいいなと呑気に考えていた直後のあいつの訃報。



“力”を使えば即死してしまう厄介な状態になった川上は、岡野の力も借りて、何とかギリギリまであの手この手で保ち堪えていた。絶対に戻ってくると言って。




・・・でも、あと少しと言うところで、駄目だった。




何時も川上に助けられていたのに、私は何も出来なかった。生前、病棟にさえ行かなかった。



「こんな姿、恥ずかしいから来てほしくない」とあいつに言われたから。でも、強引にでも行って、何か言えばよかった。





川上の葬儀に参列した時、小林沙苗に「お前がとも子さんの代わりに死ねばよかったのに!!」と言われた。



(本当だ・・・。私じゃなくて、川上が生きていたら良かったのに)




参列者を見ると、この業界では有名な人ばかり。いかに川上が愛されていたかが分かる。



やっとここからだと言うタイミングで急死したことに、誰もかれもが悔しそうにしていた。まだ川上に出てほしい作品、演じてほしいキャラクターがいたのに、と。





『私、嫌われているからさ』




(嘘つけよ。これの何処が嫌われてるんだよ)




本気で嫌っていたら、こんなに悲しんだりしない。ここまで人も集まらない。



死んだことに笑っている人が、私を含めて誰一人もいない。これの何処が嫌われていると言うのか。




遺影の川上は、私が見たことのない川上だった。きっと会う前に撮ったものだろう。



口元だけでも何とか笑顔を作ろうとして、強張っている表情。





(いつも笑ってる印象しかなかったから、あいつのこんな表情、見たことがなかった)





岡野や智一からは、「お前と会うまでは、全く感情がなかった」と聞いていた。この写真を見ていると、その意味がやっと理解出来る。




(川上も、私と同じだった・・・)




私に会う為に必死で実績を積んで、スタッフにも知り合いを作って、その伝手を通してやっと巡り会えた。




―――私の前で常に笑っていたのは、本当に、心の底から会えたことが嬉しかったから。





**





甲斐田は、知った気配を感じた。



(これ、純ちゃんの!!?)




気づかぬうちに倒れていた上半身を起こすと、【魂】が壊されたはずの皆川が、自分の胸に突き刺さった槍を掴んでいた。



それを躊躇することなく抜くと、数回自分の手元で回して槍先に付着した血や肉片を弾き飛ばした。そして、しっかり掴む。




「いっ、たあっ!!痛―――いっ!!何これめちゃくちゃ痛い!!あっでも不整脈が止まった!!」
『どう、して・・・?』
「!」
「純ちゃん!!とも子さんは、野島君の術式で無理矢理“暴走”されてるの!!」
「えっゆきちゃん!!?・・・と言うか、私、どうなってんの?」



イマイチ自分の状況が理解出来ていない皆川に、甲斐田はじれったくて思わず地団駄を踏んだ。




「説明は終わったらちゃんとするからっ!!早くとも子さんを戻して!!」
「川上?―――うわあっ!!?何か変化してる!!?」



今になってそういう反応を示している場合ではないと言うのに。と言うか、普通に元気ね。

2021/10/11 23:11
カテゴリ: SS。
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