06/11の日記
23:34
6月11日。
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◆追記◆
それが良いのかな。
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「モモ〜〜〜、おりこ〜さんですねぇ〜〜〜。よ〜〜〜しよしよしよしよし〜〜〜」
昌也に見切られ、傷心した私を癒していたのは、愛犬のモモだった。
“元の世界”では数年前に死んじゃったけど、“この世界”ではまた健在だから、再びこうして戯れられるのはめちゃくちゃ嬉しい。
「それじゃあ、散歩にいこっか」
そう言うと、モモは目を輝かせて、待ちきれないとばかりにワンッ!と吠えた。
こうやって一緒に散歩するのも、何年ぶりだろうか。年老いてからはあんまり外に出たがろうとしなかったから、散歩らしい散歩は久しぶりだった。
しかも、この時のモモは最も活発な時で、こちらのことなど気にすることなく、ズンズンと前へ歩いてゆく。
「こーらっ、あんまりリードを引っ張らないで」
そう言っても、全く効果がない。そんな仕草が可愛いけど、出来れば一緒に並んで歩きたいと思ってしまう。
(そもそも、ここに長居して良いわけがないし)
打開策が見つかったわけじゃないし、私とこうした黒幕が分かったわけじゃないけど、“この世界”に留まり続けることは駄目だと、本能がそう思った。
(・・・今頃、“元の世界”では私のことを必死に探しているんだろうな。昌也も、川上も)
ふと、この数日のことを思い出して、心が折れかけた。
私のことを全く覚えていない川上、親愛度があまりにも低すぎて、相手にさえしてもらえなかった昌也。
(“力”を使おうにも、謎の頭痛に襲われて使えないし。記憶だけだと証明にならないのがしんどいな・・・。どうしよ・・・)
ふと、ズンズン前を歩いていたヤンチャものが、突然立ち止まって誰かに向かって吠えだした。
「キャッ!?なっ、何!?」
「ぅえっ!!?すみま―――」
モモに驚いた声に、そして、顔を上げてみた姿に、私は目を見開いた。
当時は背中ほどまであった長い黒髪、でも、雰囲気や姿は今と全く変わらない。
「・・・全く、うちの犬の臭いが染みついていたかしら。こんなに吠えられるとは思いもしなかったわ」
「―――ゆきちゃん!!?」
「えっ?私、自分のことを名乗ったかしら。まだ名乗ってなかったわよね」
「知ってるよ!甲斐田ゆきさん、ゆきちゃんって呼んでる!!」
「まさヤングから聞いてた情報に、間違いはないみたいね」
「!」
(昌也、何だかんだでゆきちゃんに私のことを話してたんだ!!)
あの時は見捨てたけれども、微妙に引っ掛かっていたのか、同業者であるゆきちゃんに私のことを話してくれたみたい。
現場で会うのはまだ先だったから、こうして直に会いに来てくれたのか!
ゆきちゃんは佇まいを直すと、“本題”に入った。
「貴女、“別の世界”から来たって聞いてるけど、具体的には何処からかしら?」
「今から20年後です。2021年から」
「20年後・・・、思った以上に未来を感じるわね」
「自然経過だったら特に何とも思わないけど、こうして再び20年前に触れたら、今と全然違うなって思ったよ」
「“所有者”のことも知ってるみたいだけど、貴女は“力”が使えないの?」
「私は“刀”の顕現と、あと翼を広げて空を飛ぶことが出来るんだけど、“この世界”でそれをしようとすると、謎の頭痛に襲われてしまって・・・」
「それも、まさヤングの言う通りね。封じられてる状態ってことか」
「そうそう!!流石ゆきちゃん!!」
「・・・ごめんなさい、私はまだそこまで貴女と打ち解けられてないから、その、「ゆきちゃん」って言うのは少し控えてもらえないかしら?」
「あっ、ごめんなさい・・・」
いけない、ついついいつものノリで言っちゃったけど、このゆきちゃんもまだ親愛度ゼロの状態だった。
「どうも、20年後の私達はフレンドリーな関係になってるみたいね。貴女の空気からそう察せられるわ」
「もうめちゃくちゃ仲良しですよ?一緒に住んでるぐらいに」
「一緒に住む?・・・そう」
そう言った瞬間、僅かにゆきちゃんの顔が陰った。が、すぐに元に戻す。
「貴女、思った以上に面白い人ね。私は好きよ」
「ありがとうございます!」
「まさヤングはどうしても実力主義だから、新人な上に“所有者”と名乗ったならば、“力”を振るえなかったら容易に見捨てちゃうもの」
「あ・・・。だからあんなに冷たかったのか」
「どういうあしらい方をされたのか、貴女のその空気感で何となく予想出来ちゃうわね。きっと、私と同じ態度で接して、完膚なきまでに叩きのめされたんでしょ?」
「うっ、仰る通りです・・・」
「“未来”の私達がどういう関係かはともかく、今はそういうことだってことを肝に銘じておきなさい。まさヤングが撃たなかっただけ、まだ貴女のことを完全に見捨てたわけじゃないんだから」
「!」
(言われてみれば、昌也は呆れただけで私のことを撃とうとはしなかった・・・。昌也の知ってる情報―――殺し屋業もしてたこと―――も話したのに)
親愛度ゼロの冷たい態度にすっ飛ばしてしまったけど、当時の昌也なら遠慮なく「俺のことをそこまで知ってるなら、生かしておけねぇ。今すぐ死ね」って殺されてもおかしくなかった。
安心したら、ふと、私はそう言えばのことを思い出した。
「あ、そうだ、甲斐田さん、“川上とも子”って知ってますか?」
この時のゆきちゃんは、私ではなく川上を監視要注意として見ていた。私はそのおまけだ。
だから、きっとゆきちゃんなら川上の異変に気付いてくれる、・・・そう思ったが。
「川上さん?いえ、特に。彼女も“所有者”なのかしら?」
「えっ!!?」
「彼女とは数回共演したことがあるけど、特に何も感じなかったわね。ぽややんとした、面白い方だとは思うけど」
(ゆきちゃんも、川上と接点がない!!?ってか、そもそも“所有者”じゃない!?)
「それじゃあ、そろそろ私は帰るわね。今度現場で会えると思うけど、今みたいな態度だと、他の人達は嫌がるでしょうから気をつけなさいね?」
「あっ、あのっ」
「まだ何かあるのかしら?」
「・・・他に、探している人がいまして。私のことを、助けてもらいたい人が・・・」
イチイチ動揺しても仕方ないと振り切って、次の作戦に行くことにした。
ゆきちゃんは「聞くわ」と言う仕草でペンを取り出すと、私の話を促した。
「誰かしら?私で探せる人なら良いけど」
「永井幸子さんと、細谷佳正さん。あと、高橋直純さ―――」
「はあっ!!!!?何であいつが出てくんの!!!!!?」
「ぅえっ!!?」
直純さんの名前を出した途端、ゆきちゃんがいつものゆきちゃんになった。
・・・どうやら、この時点で相当嫌な人になってるらしい。これはミスった。
「高橋がどういうことかは知らないけど、あいつ・・・、あいつかあ・・・、もしかして、今後この作品に出るの?」
「え、ええ、変わらなければ、多分。2〜3年後ぐらいに」
「・・・チッ、あいつとは絶対に関わりたくないって思ったのに」
「ごめんなさい。でもっ、私が“元の世界”に戻るには重要だと思って・・・」
「言っとくけど、あいつはただの“一般人”よ?貴女が特別視するほど、重要な存在とは思えないわ。永井って人は、小耳にはさんだことがある。極めて希少な“無効化”を持つ“人間兵器”って聞いたことがあるし。細谷って人は知らないわね・・・」
「ほそにゃ―――細谷君は、5年後ぐらいに会うことになるから。それまでは職場を転々としてたみたい」
「・・・分かったわ。探してみる。ただし、高橋は流石の私でも嫌よ!!あいつとだけは絶対に関わり合いたくないっ!!現場で会っても声さえかけたくないわ!!」
「わ、分かりました、その二人だけで充分です。助かります。お願いします」
帰り際は再びモモに吠えられて、ゆきちゃんはこの地を後にした。
(わざわざ東京から茨城まで来てくれるなんて、よっぽど待ちきれなかったのかな。ゆきちゃんらしいと言えば、ゆきちゃんらしい)
気になることがあったら、すぐに調べに行く。そこに少し救われた。
(・・・でも、まさか、川上が“所有者”じゃなかったなんて。そもそも“転生者”がどうかも危うそうだな・・・)
ここは確かに私の知ってる“過去”で、でも、何処か“ズレ”ていて。
その“ズレ”が明確になって行けば行くほど、私の知ってる“過去”が崩れてゆく気がした。
最終的に壊れて無くなって、初めから無かったことにされそうで。
(・・・不味い、これ以上その“ズレ”を広げない為にも、早く戻らないと)
―――それが、良いのかな・・・。
2021/06/11 23:34
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