恋海under-story

□囚われの花嫁I
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「手術は無事に終わった。後は意識を取り戻すのを待つだけだ」

ソウシはリュウガの手術が終わるのを待っていたシンとトワにそう言った。




ここは、バベル帝国の港から少し離れた小さな島国。

海賊島からもほど近い自由貿易区で、たとえ海賊であろうと受け入れてくれる病院施設の整った国だ。



バベル帝国の海軍施設から釈放された彼らは、今はひよりのことよりも怪我人の治療が優先だと、早々に船を出してこの国に来た。

ハヤテもリュウガも昏睡状態で、集中治療室での入院を余儀なくされた。



ナギは…



ひよりに刺された腕のナイフは船の中でソウシが慎重に抜き、すぐに止血を施した。

この病院で傷を縫い、今はベッドの上で窓の外を眺めながら物思いに耽っていた。



「ナギの腕は、動くんですか」

シンが一番気になっていたことをソウシに聞いた。

「幸い急所は外れていた。リハビリをすれば、回復はするだろう。ただ…」

ソウシは腕の怪我よりも、ナギの心のほうが心配だった。



料理人として、腕は命の次に大事なもの。

その腕を、恋人に刺されたのだ。

ナギのショックは図り切れない。



「ひよりさん、ひどいです…」

トワが噛み締めるように呟いた。



自分たちの目の前で起きた、信じられないようなひよりの裏切り…

そのショックで、トワもまた心が壊れそうなほど苦しんでいた。



ソウシもシンも、そんなトワに何も言うことは出来なかった。





取り乱すナギをシンが必死に押さえつけ、強引に連れてきたまではよかったが、この島に着いてからナギは、一言も口を開こうとしなかった。

全く掴めないこの状況に、シンは苛立ちを募らせる。



「何か…深い事情があるんだよ、きっと」

そう零したソウシの言葉さえ、シンの耳には虚しく聞こえた。












時は少し遡り…



ナギに決別のナイフを突き立てたひよりは、レンの部屋に戻ると泣き崩れた。


たとえ離れていても、生きてさえいればまた会える、必ず救いだしてくれると、そう信じていた。

だから、仲間の釈放を条件に、レンに抱かれた。

でも、リュウガを救う代わりにレンが出した更なる条件は、その僅かな希望をも打ち砕くものだった。





『どうすれば、助けてもらえますか…?』

そうひよりが言った時、レンはポケットから何かを取り出した。

それは、ひよりがシリウス号で気を失った時に手に握っていた、ナギの黒いバンダナだった。



『裏切りのナギ…彼が君の恋人か?』

手配書のナギの写真を覚えていたのだろう。

街でひよりと一緒にいるナギを見て、レンはすぐに賞金首である「裏切りのナギ」だと分かった。

ひよりが気を失ってまで離そうとしなかったバンダナを、レンは返そうと思ってポケットに入れたまま忘れていたが、ナギが頭に巻いていたバンダナと同じものだと、レンは気付いた。



ひよりは否定も肯定もせず、レンの手からバンダナを取った。

大事そうにバンダナを握り締めるひよりを見て、レンは言った。

『君が、私の物になったという証明をしてくれないか』

そして、ひよりの手に小型のナイフを握らせる。

『もう二度と、彼らが君を取り戻そうと思わないように…』

その条件を、ひよりは受け入れるしかなかった。









ナギの腕にナイフを突き立てた時の感触が、生々しく手に残っている。

震える両手を目の前に持って行くと、手のひらが血に染まったような幻覚さえ見えた。



愛する者を、自らの手で傷つけた。

料理人にとって、命の次に大切な、あの腕を…



もう二度とナギに会うことは叶わないのだと、絶望の淵でそれだけがひよりの頭に浮かんだ。

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