恋海long-story

□すべて、愛だったG
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「私の初体験の相手はナギなの」

そう雅は言った。



桜の花びらが舞い散る旅館の中庭で、ひよりと雅はお互いを見つめ、動かずにいた。

雅の告白に、ひよりはショックを隠し切れず、意識は宙を漂っていた。





雅が告げた、ナギが自分を抱こうとしなかった理由。

思い当たる節は、ひよりには充分すぎるほどあった。

自分を求めてくるナギに、いつも腰が引けて、恥ずかしいからと拒んで、そのうちに邪魔が入って。

港ごとに手軽に抱ける女とは違って、面倒…



ナギが、リトルヤマト行きを快く思っていなかったことを思い出す。

雅が現れてからのナギの態度は明らかに動揺していたし、ひよりと目を合わそうともしなかった。

リトルヤマトを嫌がった理由は、雅の存在をひよりに知られたくなかったからなのか…

そう考えれば、全てのつじつまが合う。



こんなに綺麗な女達を、ナギは今までどのくらい
抱いてきたのか。

それに比べて、自分の幼さといったら…



ここ最近のナギの態度への疑問が、一気に解かれたような気がした。



すっかり黙り込んでしまったひよりに、雅は言った。


「私、今晩ナギに抱いてもらうの。彼、この港に来たらいつも私を指名するから」



決定的な言葉にショックを受け、ひよりは、一刻も早くその場から離れたかった。

ナギが抱いた女となんか、一秒足りとも一緒にはいたくない。

雅から逃げるように後ずさると、夜の闇へと駆けていった。



雅はそのひよりの背中を、冷たい笑みを浮かべて見ていた。











ナギと雅が出会ったのは、ナギがシリウス号に乗り込んでまだ日が浅い頃だった。



リュウガは港ごとに女を作り、上陸した際には必ずといっていいほどナギたちシリウスのメンバーを娼館へと連れていった。

リュウガは一度入れ込んだ女に情が厚く、贔屓の女を目当てに娼館へと通うが、ナギは決して一人の女に入れ込んだりはしない。

その日の気分で、適当に相性の良さそうな女を選ぶ。

それがナギのスタイルだった。

人との関わりを極端に嫌うナギは、自分を詮索しようとするようなお喋りな女は選ばない。

余計な話はせず、黙って抱かれるだけの女がちょうどよかった。

だからリュウガに初めてリトルヤマトに連れて来られた時、会話に重点を置くヤマト流のおもてなしが、ナギには煩わしくて仕方がなかった。



宿屋で宴の席を設けていると、艶やかな着物に身を包んだヤマトの女達が、今夜の主を求めてお酌に廻る。

女達との会話に辟易としていたナギは、宿屋の男から気に入った女はいるかと聞かれ、先程から部屋の隅で人形のように座り、全く会話に加わろうとしない雅が目に入った。

ナギは雅を指名し、早々と宴の席を抜けて部屋へと戻ると、欲を吐き出す為だけの行為に及んだ。





「うっ…ひっく…ひっく」

「…泣くなよ」

何の事情も知らないナギは、まさか雅が今夜初めて客を取る駆け出しの娼婦だとは知らず、普段抱いている娼婦と同じように、雅を抱いた。

雅は人形のように大人しく抱かれていたから、処女だとは気付かなかった。

行為が終わった途端、雅は関を切ったように泣き出し、ナギはその様子と、シーツの上に点々と落ちた血で、初めてその事実を知ったのだ。

会話に加わろうとしなかったのは、緊張していたためか…

「ちっ、あのおやじ、そうならそうと先に言えよ」

ナギは面倒臭そうに頭をかく。

女に泣かれるのは苦手だった。



宴用の化粧と華美な着物で、実年齢よりも随分と上に見えたが、こうして髪を解き、身に何も纏わぬその姿は、まだ幼さの残る少女だった。

ナギは、悪いことをしたという思いに駆られる。

だが、どう慰めていいのか分からず、雅が落ち着くまで待つしかなかった。

こんな年端もいかない少女が、何故こんな場所で男相手に商売をしているのか。

好きでやっていることではないと、今夜の雅の様子から容易に想像できるが、だからといって事情を聞いてやろうなどと言う気にはなれなかった。

だが、多少なりとも罪悪感のあるナギは、雅が泣き止むまで黙って側にいた。



それが、雅とナギの出会いだった。



それからはナギがリトルヤマトに寄る度に、雅はナギに懐いて自分から積極的にアプローチをかけてきた。

初めての男というのは、例えこんな商売をしていてもやはり特別な思い入れがあるらしく、ましてやナギはまだ若くて外見もいい青年だったから。

雅は初めての男がナギでよかったと、心の底から思っていたのだ。

一人の女に執着しないナギだが、雅だけはリトルヤマトに着く度に夜を共にするようになっていた。

でもそれは、どちらかといえば雅がナギに執着していて、ナギは雅に押される形で一緒に過ごしているに過ぎなかったのだけど。

会う度に綺麗に成長している雅を見るのは、悪い気がしないのもまた事実だった。















雅が宴の席に戻ろうと廊下を歩いていると、ナギが宴会場から出て来るのが目に入った。

「ナギ!」

雅は嬉しそうにナギに駆け寄り、その腕に腕を絡めた。

「雅、ひよりを見なかったか?」

絡められた腕を解き、ナギが問う。

「知らないわ。そんなことより、もう部屋へ行きましょ」

雅はナギの手を取り、部屋の方向へと誘導する。

しかし、その手はするりと解かれた。

「ナギ?」

行き場を無くした手を宙に漂わせ、雅はナギの様子を伺った。

ナギは、真っ直ぐに雅の目を見ていた。

「雅、俺はもうお前を抱くつもりはない」

「…え?」

「お前だけじゃない、俺は、もうどんな女も抱かない。ひより以外は…」



雅の心に、冷たいものが走った。



ナギは雅の横を通り抜け、いつの間にか宴の席を外していたひよりを探しに行く。



雅は、ナギに拒絶された事実に、唇を噛んだ。



「何がいいの?」



ナギの背中に、雅は問う。

「あんなただの小娘のどこにそんな魅力があるっていうの?海賊のあなたが、一人の女に絞るだなんてありえないわ!」



ナギは足を止めて、雅の方へ振り向いた。

「あいつは、俺にとって特別なんだ」



特別…



その言葉に、雅は打ちのめさせられた。

ナギと重ねた夜を思い出す。

どんなに辛いことがあっても、ここにいればまたナギに会える。

それだけを心の糧に、今日まで生きてきた。






私にだって、ナギは特別なのに…





雅はガクリと崩れ落ち、怒りと悲しみが入り混じった涙を流した。



でもナギは、その涙を見ても、もう雅に同情するつもりはなかった。

泣いている雅をその場に置いて、ひよりを探しに向かう。



もうナギは、私のところには戻ってこない。



そう悟った雅は、ナギに話した。


「彼女、今頃泣いてるんじゃないかな」

「…え?」

「教えてあげたの。ナギがあなたを抱かないのは、処女が面倒だからだって」



それは、自分を振ったナギに対する、雅の最後の嫌がらせだった。





ナギは眉根を寄せて雅を一瞥すると、ひよりを探しに宿屋を飛び出して行った。






「さようなら…ナギ…」



誰もいない空間に向かって、雅は呟いた。

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