恋海short-story

□譲れない場所A
1ページ/1ページ

そいつはいきなり現れた。

ナギ兄の実の弟だという、その名もネロ。

二人は昔馴染みでかなり親しかったらしいけど、ついさっきまでは、血の繋がりのある本当の兄弟だとは、お互い知らずに生きてきたらしい。

それでも、ナギ兄はネロの事を本当の弟のように可愛がり、またネロも、ナギ兄を尊敬できる兄貴として慕っていたそうだ。

そう…

まるで、俺とナギ兄の、今の関係のように…






赤い牙という組織のリーダーをしていたそいつは、ある過去の出来事を境に、ナギ兄を恨み生きてきたらしい。

でも、俺達シリウス海賊団やネコメガネ率いる海軍が、赤い牙の悪事を暴き、組織を解体させるのに成功したと同時に、ネロとナギ兄の間にあった誤解も解けたようだ。

そして判明した、兄弟という絆。



幼い頃に親に捨てられて、天涯孤独だと思って生きてきたナギ兄だから、弟がいると分かったことは、きっとすごく嬉しかったんだろう。

しかもそれが、昔から可愛がっていた弟分なんだから、余計感慨深いに違いないい。



その気持ちは分かる。

分かるけどよ?

船に戻ってから、ずっと二人でベッタリとはどういうことだ!?





「おい、ひより!」

俺は、今夜このシリウス号の甲板で行われる宴の準備の為、忙しく働くひよりに声を掛けた。

「お前、甲板で酒なんか並べてないで、ナギ兄の料理手伝いに行かなくていいのかよ」

「厨房にはネロさんが手伝いに行ってますよ。久しぶりの再会だし、しばらくは兄弟水入らずにしてあげようと思って」

ひよりは嬉しそうにふふっと笑って、また忙しなく宴の準備に戻った。



なんて理解のある奴。

ナギ兄を取られて悔しいとか、そういう感情はないのか?

それが恋人の余裕ってやつか。ナギ兄も出来た恋人を持ったもんだぜ。

それにひきかえ俺は…



ネロの存在を知ってからというもの、心の中で鳴り響く警戒音。



ナギ兄の弟分としての立場がピーンチ!!ってやつ?



俺がこの船に乗ってから、ナギ兄は俺を本当の弟みたいに可愛がってくれたし、俺もナギ兄のこと、本当の兄貴だと思って接してきた。

だけどネロの話では、山賊時代、ネロ以外にもナギ兄の事を兄貴と慕う奴は大勢いて、ナギ兄も皆に分け隔てなく優しかったらしい。



つまり、ナギ兄にとっては俺なんて、何人、何十人といる弟分の中の一人ってこと?



それってなんか…

すっげームカつくんですけど!!





俺は、ナギ兄とネロを邪魔してやろうと、厨房へ向かった。





「うわ〜、すっげぇ上手そう!ナギ兄がコックやってるなんてピンとこなかったけど、本格的じゃん!」

「上手そうじゃない。上手いんだよ。味見するか?」

「マジで!するする!!」



厨房の扉の丸いガラス窓から中の様子を伺うと、ナギ兄が仕込んでいる鍋の中身を、隣に立つネロが覗き込んでいる姿が目に入った。

あいつ、手伝うとか言っておきながら、ボサッと立ってるだけじゃん!!

しかも、ちゃっかり味見までさせて貰おうとして、ナギ兄にアーンまでしてもらってやがる! 



「何これ!ちょーうめぇぇぇ!!ナギ兄料理の天才じゃん!!」

ネロの奴が、大袈裟なぐらいいいリアクションを返すもんだから、ナギ兄もすっげー嬉しそうな顔してるし!

これも食べてみろとか、既に出来上がってるイカリングまで摘んで食べさそうとしてるし!

あー、見てらんねー!!

よし、ここは乗り込んで…



「なぁ、ナギ兄。どうでもいいんだけど。あれ、何?」



俺が厨房に乗り込もうとするよりも早く、ネロの奴が、窓ガラスに顔を押し付けている俺の存在に気付いた。



「あぁ、この船の仲間で、ハヤテって言うんだ。ハヤテ!お前そんなとこで何コソコソしてんだ?」



ちくしょう、さりげなく登場するつもりだったのにカッコ悪ぃ。

でも名前を呼ばれて俺は仕方なく厨房に入った。



「いやっ、宴の準備は順調かな〜って思ってさ。様子見だよ、様子見!」

ヘラヘラっと笑いながら、二人に近づく。

俺よりも若干背の高いネロが、ナギ兄によく似た瞳で、下から上へと舐めるように俺の全身を見回した。



なんだコイツ。

その態度に悪意を感じた俺は、無意識にネロを睨んだ。



でもネロは何故か勝ち誇ったような顔を浮かべ、ふっと鼻で笑うと、



「おっ、これも上手そう!ナギ兄これも食べてみていい?」

と、さも俺が存在すらしないかのような態度でナギ兄に向き直って、味見を催促した。



俺の警戒音に間違いはなかった。

こいつ、ちょー嫌な奴!!



「料理のつまみ食いはこの船では禁止なんだよ!なっ、ナギ兄?」

エビフライにまで手を伸ばそうとしたネロの手を、俺は叩いて阻止した。

だって、俺がつまみ食いすると、いつもナギ兄ちょー怖ぇし。

だがしかし、この船のルールを教えるつもりでした俺の行動だったのに、ナギ兄の反応はいつもと違った。



「ハヤテ。ネロは客なんだ。味見くらいさせてやれ」

ナギ兄はエビフライを一つ摘むと、ネロに渡してやった。

それを食べながら、ネロは俺に勝ち誇ったような顔を向ける。

やな奴、やな奴、やな奴!!

こんな奴に負けてられるか!



「そ、そうだよな。ネロさんは”客”だもんなぁ。俺としたことがとんだ失礼致しました!」

厭味をたっぷり含めてそう言ってやると、エビフライのシッポまでバリバリと食い終えたネロが、

「ま、俺は客でもあるけど、ナギ兄の本当の”家族”だからな。特別っちゃ特別か」

と、フフンっという鼻息でも聞こえてきそうなくらい得意げに、そう言った。



カッチーン!



「ついさっきまで兄弟って知らなかったくせに、気安く”ナギ兄”とか呼んでんじゃねーよ!」

「はぁ?お前こそナギ兄の何なわけ?人の兄貴に向かって随分と慣れ慣れしぃ態度じゃん」

「俺とナギ兄はな!血の繋がりなんかなくたって、深ーいところで繋がってんだよ!」

「俺とナギ兄だって、本当の兄弟って分かる前から深い絆があったぜ?」



ムカつくムカつくムカつく!

あーいえばこーいうし、変に口は立つし、俺のいっちばん嫌いなタイプ!!



「俺なんかな!ナギ兄にいっつも特別扱いしてもらって、肉だって魚だって一番でかい奴を俺にくれるんだぞ!」

「それって単にあんたが大食いだからじゃないの?」

「この船での仕事を教えてくれたのもナギ兄だし、毎日剣の練習相手にもなってくれるんだぞ!」

「俺だって、木登りやケンカは全部ナギ兄に教わったし」

「それだけじゃねーよ!他にもいろいろ…っ!」



「お前ら、いい加減にしろ!ケンカなら外でやれ!」

不毛な言い争いを続ける俺たちに痺れを切らしたナギ兄が、俺とネロの首根っこを掴んで、厨房からポイッと追い出した。

バタンと閉る扉の音を背に、俺とネロは尚も向き合って、お互いを睨みあった。



「お前さ、ナギ兄に可愛がられてるのは今はお前だけかもしれないけど、ナギ兄は基本的に誰にでも優しいんだよ」

「んなこと分かってるっつーの。ナギ兄は無愛想に見えるけど、本当は」

「「不器用なだけ」」

俺たちの声が重なって、思わずお互いの顔を見合った。

俺と同じ事思ってるなんて、案外こいつ…

「そう、不器用!よくわかったな!さすがナギ兄の弟分!」

そう言って俺の肩をバシバシと叩くネロ。

やっぱいい奴かも!!

「いやいや、やっぱさすが本当の弟だわ、ナギ兄のことよくわかってる」

俺もつられて、ネロの肩を叩く。

目を合わせてニッと笑うと、ネロのやつも同じように笑い返してきて、

「弟分同士仲良くしていこうぜ!」

そうネロは言った。



あのナギ兄の弟なんだ。

やっぱ根っから悪い奴じゃねーんだよな!

「今度剣の修行に付き合ってくれ」

「おう!もちろん!」

こんな感じで俺とこいつは意気投合して、仲良く肩を並べて甲板に降りていった。

どうやら俺たちは上手くやれそうだ。

しかし、そう思ったのは一瞬だった。



「今日は久しぶりにナギ兄と一緒に風呂に入るかな〜」

ネロは甲板でうーんと背伸びをして、さらりととんでもないことを抜かしやがった。

「…は?一緒に風呂…だと?」

「うん。小さい頃はよく一緒に入ってもらって洗いっこしてたし」

「いやいやいや、おかしくね?だってもうお前もナギ兄もいい大人だぜ?」

「別に兄弟なんだから一緒に風呂入ってもおかしくないっしょ?ひよりちゃんの出身のヤマトには、『男同士の裸の付き合い』っていう言葉もあるくらいだし」

「それは、『せんとう』とか『おんせん』とかいう広い風呂での話だろ!?シリウス号のシャワー室はそんなデカくねぇよ!」

「なにムキになってんの?あっ、もしかしてお前、ナギ兄の弟分だとか言っておきながら、一緒に風呂も入ったことないわけ?」

「っ!!うっせー!!んなわけあるか!!」



前言撤回!!

やっぱこいつ、チョー嫌な奴!





その日の夜、甲板で、シリウス号とリカー号のメンバーとネロ、そして何故かネコメガネと白い猫まで勢ぞろいして、盛大に宴が行われた。

船長はネロに、シリウスのメンバーにならないかと誘いをかけてた。

ネロもまんざらではなさそうだったし、他のメンバーも歓迎ぎみだったけど、ナギ兄がそれを止めた。

赤い牙の後片づけを、中途半端にはさせられないからと言って。

へっ、いい気味だぜ!

とりあえず、シリウス号の中での「ナギ兄の弟分」という立場は守られた。

でも一つ、あいつに負けていることと言えば…




宴も終わりに近づき、いい感じに酔った頃、ナギ兄の姿が甲板にないのに気付く。

ふと船首を見れば、ナギ兄とひよりが何かいい雰囲気で話してるみたいだった。

気付かれないように二人に近づき、耳をダンボにして盗み聞いてみると、

『血行がよくなるマッサージ』だの、『結構いい野菜が手に入ったら』だの、いい雰囲気とは程遠い会話が聞こえてきた。

なんだ。いまなら別にお邪魔じゃないよな。



そう思った俺は二人に近づき、ナギ兄に向かって

「ナギ兄!今日は俺と一緒に風呂に入ってくれ!!」

そう大きな声でナギ兄に声を掛けると…

ナギ兄は、今まで見せたこともないような鬼の形相を浮かべて、ゆっくりと俺に振り返った。

こ、怖ぇぇぇぇー!!

え?なんで?俺そんな変なこと言った?




その後俺は、ナギ兄の鎖鎌でぐるぐる巻きにされて一晩中甲板に転がされたあげく、3日間飯抜きの刑を受けるはめになったのだった。






fin

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ