恋海short-story

□大人になる方法
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「ひより、それ拭き終わったらもう休んでいいぞ」

「はい、分かりました。」

夕食の後片付けをしていた私とナギさんは、今キッチンで隣に立って、仲良く洗い終わったお皿を拭いている。

私は、隣にいるナギさんを横目でチラッと見て、はぁっと溜め息をつく。

私が目に入るのはナギさんの逞しい二の腕ばかりで…

顔を思いっきり上に向けない限りは、背の高いナギさんの横顔を盗み見ることすら叶わない。

でも顔を上げたらナギさんを見てるってことがバレバレだし。

ちょっとでも私の視線を感じようものなら、「ジロジロ見てんじゃねぇ」って一睨みされて終わりだ。



(こんなに近くにいるのに、まともに目を合わせることも出来ないんだよね)



ナギさんへの恋心に気付いたあの日から、『穴が開くほどナギさんの顔を見つめたい!』欲求は増すばかりだった。



モルドー帝国で、幼馴染のソリアさんと偶然の再会を果たした時のナギさん。

ソリアさんを送って行くといって夜の街へと消えていった二人は、仲良く肩を並べ、見つめあって笑っていた。

そんな二人を見ていると胸が苦しくなって。

私はその時になって初めて、自分がナギさんのことが好きなんだと気付いた。



ソリアさんは私なんかよりもずっと大人で、美人で、色っぽくて。

背だって私よりも高くてスラッとしてるから、ナギさんと並ぶとすごくお似合いだった。



それに引き換え、私はチンチクリンで、色気もないただのガキ…(船長・シン・ハヤテ談)

背も低くって、ナギさんと並ぶとまさにデコボココンビ。

『お似合いのカップル』なんて言う言葉とは程遠いところにいた。

まぁただの私の片思いで、カップルでも何でもないんだけど…



せめてあと10センチ身長が高ければ、ナギさんと目線を合わせながら、隣を歩くことが出来るのに…





そんなことを思っていたある日。



立ち寄った港町でナギさんとトワくんと食材の買出しをしていた時、一件の靴屋さんが目に入った。

ガラス張りのショーウインドウに飾られた、綺麗なハイヒール。

可愛くスパンコールの施された、青いベルベット素材のそのパンプスに、目を奪われた。

今自分が履いている、船に乗った時のまんまの、もうボロボロになった茶色のペタンコブーツとそのハイヒールを見比べて、私はいい事を思いついた。

10センチはあろうかと思うそのハイヒールを履いてナギさんと並べば、お似合いの二人になれるかもしれない!



ハイヒールを履いて大人っぽくなった私が、ナギさんと肩を並べて歩く姿を想像していると、

「何一人でニヤケてんだ、置いてくぞ!!」

というナギさんの怒声が、10メートルほど向こうから聞こえてきた。

「あ、待ってくださーい!」


とりあえず今は買出しを終わらせないと!

後でもう一度この靴屋さんに来ることを心に決めて、私は先を行くナギさんとトワくんの元にパタパタと駆けていった。






「とってもお似合いですよ」

買出しの荷物を船に積んだ後、自由時間をもらった私は、さっきの靴屋さんで先ほど目に止まったハイヒールを履かせてもらっていた。

お洒落なお店にお洒落な店員さん。

ボロボロブーツを履いた小娘が足を踏み入れるのは場違いじゃないかと一瞬ためらったけど、思いのほか丁寧な接客をしてもらえて、私の心はすっかり舞い上がっていた。

値段も想像よりは高くなく、自分のお小遣いで充分に買える金額。

つま先部分が丸く形作られているから、足も思ったより楽だった。

この靴で仕事はさすがに無理だけど、たまにこうして町を散策するときに、このくらいのお洒落をしてもいいんじゃないだろうかと思えた。



「この靴、履いて帰ります!」

数分も迷わず、私はそのハイヒールの購入を決めた。



自分が履いてたボロボロブーツの方をショッピング袋に入れてもらって、私はハイヒールを履いて店を出た。

人生で初めてのハイヒール。

10センチ高くなった視界はすごく新鮮で、私は一瞬で素敵な大人の女性になったような気がしていた。

これで、見上げなくてもナギさんと無理なく視線を合わせられる!

チラ見しても、不自然に首を上げなくていいから、気付かれることもなくなる!

そんなことを思いながら、早くナギさんに会いたくて船へと急いだ私だけど、上機嫌でいられたのも最初のうちだけだった。



「痛っ…」

靴屋さんからほんの5分ほど歩いただけなのに、もう足が悲鳴を上げ始めていた。

踵に感じる靴擦れと、つま先に感じる圧迫感に、早くも限界を感じる。

コツコツと靴音を鳴らせて、背筋を伸ばして颯爽と歩きたいのに、ヒールに慣れない私はヒョコヒョコ歩き。

想像した「大人の女性」とは程遠い姿…

泣きたくなってくる。

でも、ヒールを履いた大人っぽい私をナギさんに見てもらいたいが為に、足の痛みを堪えて頑張って船へと歩いた。

その時、

「きゃっ!」

グキッと嫌な音を鳴らし、私は地面にへたり込んだ。

石畳の歩道のほんの僅かな窪みに、綺麗にヒールが挟まって、私はコケてしまったのだ。

(恥ずかしー!!!)

何事かと好機の目で見られる視線が気になって、私はすぐに立ち上がろうとする。

でも、どうやら足首を捻ったようで、鋭い痛みが走って立ち上がれなかった。



困っていたその時、私の目の前にすっと手が差し出された。

見上げると、知らない男の人。

年はハヤテさんと同じくらいで、見た目はカッコいいけど、どこかチャラチャラしたような人だった。

「大丈夫?」

そう言って彼は、私を引っ張って立たせてくれた。

「あ、ありがとうございます!」

派手にこけた恥ずかしさで、私の顔は絶対真っ赤になってるはず。

でも彼が手を差し伸べてくれたおかげで、通行人の好機の視線は和らいだように感じた。



彼は脱げた私のハイヒールを歩道の窪みから抜き取ると、「はい」っといって私に差し出した。

「すみません…何から何まで」

お礼を言ってもう一度ハイヒールを履こうとするけど、足首を捻った痛みと靴擦れで、とてもじゃないけどそれをもう一度履いて歩くのは無理なように思えた。

ショッピング袋に入っているブーツに履きなおそうか悩んでいると、そのチャラチャラした彼が、

「さっきからずっと君のこと見てたんだ。可愛い人だなぁって。」

と言ってきた。

「へ?」

なんとも間抜けな私の返答。

だって、可愛いなんて、酒場で働いてた時に酔ったお客さんに言われた以来だし…

シラフの、しかもこんな若い男の人に褒められることなんて今までなかったから、すごくびっくりしてしばらくそのチャラ男の顔をまじまじと見てしまった。

チャラ男は気を良くしたのか、私の肩に手を回してきて、

「ね、どっかでお茶しない?」

と耳元で囁いてきた。



瞬間、私の全身にすさまじいほど鳥肌が立った。

近い、近いよ顔が!!

「こ、困ります!!」

そう言って拒むけど、片方だけ靴を履いていない私はそのチャラ男から逃げることも叶わず、オロオロするしかなかった。

その時、



「何やってんだ」

怖ろしくドスの聞いた声が、私の耳に届いた。



「ナギさん!」

私は目を輝かせて、声の主、ナギさんの方を振り向く。

ナギさんは、今まで見たことがないくらい怖い顔で、チャラ男を睨んでた。



ナギさんはツカツカと私とチャラ男に近づくと、未だ私の肩を抱いたままだったチャラ男の腕を捻り上げた。

「痛てててっ!!」

チャラ男は痛みで目に涙を滲ませる。

ナギさんはチャラ男の腕を離すと、何も言わずに私の手を取り、船へと戻る道を歩き始めた。

「ナ、ナギさん待って!私片方靴がっ…」

そう言い終わるか終わらないかの頃、

「ちょっと待てよオイ!!」

と、さっきのチャラ男がナギさんの肩に背後から手を置いた。

するとナギさんは振り返りもせず…



ゴン!

「うげっ」


私と手を繋いでいないほうの手に持っていたビニールの買い物袋を、ヒュンっと回転させて、チャラ男の顔面に命中させた。

チャラ男は仰向けに地面に倒れ込んで気絶した。



ひえー!すごい音したけど、その買い物袋に何が入ってるの!?



ザワザワとチャラ男の周りに集まるギャラリーを尻目に見ながら、私はナギさんに手を引っ張られて、一番近くの路地裏に連れて行かれた。

「何やってんだお前は!!」

間髪入れずに怒鳴られる私。

「すみません…」

何に対してそんなに怒られているのか分からないけど、とりあえず謝った。



怖くてナギさんの顔が見上げられない。

脱げたハイヒールを片手に持って俯く私に、ふっとナギさんがしゃがみ込んで、私の顔を覗き込んできた。

その瞳は、すごく優しくて…

私の涙腺は一気に崩壊した。



「ちょっ!何泣いてんだよ!」

急に泣き出した私に、ナギさんが慌ててる。

慌てるナギさんなんてめったに見れないから、私は泣きながら可笑しくて笑ってしまった。

「何涙流しながら笑ってんだ。ほんと意味わかんねーお前」

今度は呆れてる。

クルクル変わるその表情に、私の心はますます惹かれていった。



普段仲間から無愛想だって言われてるナギさん。

私もそう思ってたけど。

怒ったり、微笑んだり、慌てたり、呆れたり、いろんな顔があるんだね。




「足、真っ赤じゃねぇか…」

ナギさんはヒールで痛めた私の足に気が付くと、まだヒールを履いたままだったもう一方の私の足を持ち上げて、優しく脱がせてくれた。

「なんでこんな踵の高い靴履いてんだよ」

「それは…」

ナギさんとお似合いのカップルになりたかったからです。

なんて言えるはずもなく。



「チンチクリンって言う皆さんを見返してやろうと…」

1割くらいは心にあった真実を話した。

「チッ、全く…」

ナギさんは舌打ちすると、しゃがんだまんまくるりと私に背中を向けて、

「ほら」

と言ってきた。

「へ?」

まさか、その態勢は…

おんぶですか!?

「い、いいですいいです!一人で歩けますから!!」

私は両手を振って全力で否定する。

これ以上迷惑なんてかけらんないよ!

「どっちみちその足じゃ歩けないだろ。いやなら担ぐぞ」

「え!担ぐ!?」



初めて会った時、酒樽から引っ張り上げられたことを思い出した。

そういえばあの時、荷物のように軽々と担ぎ上げられたんだっけ。



「お願いします…」

こんな街中でそんな醜態晒したくない…

私は観念して、ナギさんの大きな背中に身を預けた。



ナギさんは私を背負って軽々と立ち上がると、船へと歩き始めた。

何人かの通行人が、そんな私たちを冷やかしたりしてくる。

恥ずかしくなって、ナギさんにしがみ付く腕に力を込めた。

ふと見ると…

ナギさんの耳も真っ赤だった。

照れてる…ナギさんが照れてる…

ちょっとした感動を覚えて、顔を見られないのをいいことに、私はふふっと微笑んだ。



ヒールを履いて肩を並べなくても、ナギさんのこんな顔が見れるなら、ボロボロの履きなれたブーツでもいい。

そんなことを思ってると、ナギさんが声を掛けてきた。

「お前はそのまんまでいいんだよ」

「ナギさん…」



チンチクリンで色気のないガキでも、こうやって気に掛けてもらえるのなら、無理して背伸びをする必要なんかなかったのかな。



両手に持ったハイヒールは、いつか本当に似合う時がくるまで、大事に閉っておこう。

その時も、隣にいるのがナギさんならいいな。

船に帰るまでのほんの僅かな時間、私はそんなことを思いながら幸せに浸って、もう一度ナギさんの背中にキュッと抱き着いた。






fin



オマケ↓


一方ナギは…

(そんなにしがみつかれたら、当たるんだよ、胸が!)

まったく違う理由で真っ赤になっていたのでした。



ちなみにチャラ男に命中させた買い物袋の中身は、読者の皆様のご想像にお任せします(笑)

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